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「あの時ああ言えばよかった」を悶々とする人に

「あの時ああ言えば良かった。もっとうまい表現方法があったはずなのに」

「もっとバシッと言ってやれば良かった。どうして自分はあの時、毅然とした態度で返せなかったのだろう」

 

このような「後からフツフツ型」の気持ちに悩む人は多いのではないでしょうか。かくいう私もその一人です。私などは「後からフツフツ型」に加え「執念深い」という最悪のパターンですから、抱え込む暗黒度も自ずと深くなります。

しかしあまり抱え込むのも健康に悪いですから、なるべく負の感情とはじょうずに付き合い、人生少しでも長く快適な時間を過ごせるよう、コントロールしていきたいものです。そのための意識の持ち方を、少しご紹介します。

 

【相手とこれからも定期的に会う関係性~①自分が悪い場合】

例えば、自分の能力不足や表現不足が原因といったケースです。それでしたらまず、悩む必要はありません。

なぜなら未熟さというのは、自分にとっては苦痛でも他人にとっては「微笑ましい」場合が多いからです。特に日本人は謙虚さを好みますから、自信満々の完璧すぎる人よりも、ポカをして落ち込んだり、反省したりしている人のほうに親しみを覚え、好感を抱きやすいのです。

また人間の心理として、完璧な人物のことはすぐに忘れるけれど、発展途上の人物については記憶が持続します。このような現象を「ツァイガルニク効果」と言います。

人というのは案外、「成長するもの」が好きです。ガーデニングや盆栽、子猫や子犬、子供の成長などを無条件で好むのは、やはり「育ちゆくもの」には希望があり、それらに接するのは楽しいからでしょう。

 

ですから未熟さやミスについては、「のびしろ」を見せたという点で、むしろ人間関係の先行投資になったと割り切りましょう。完璧を見せることも素晴らしいですが、現在の未熟な自分を知っておいてもらうこともまた、同じくらい大切です。

 

【相手とこれからも定期的に会う関係性~②相手が悪い場合】

例えば職場やコミュニティで失礼な発言をされる、セクハラ・パワハラ、マウンティングをされるなどの被害はよくあることです。このようなシチュエーションにおいては、虎視眈々と逆襲の機会をねらいましょう。

再度同じような会話パターンになったとき、「前回言えなかった」気持ちを存分に伝えればよいわけです。
相手をギャフンと言わせられるだけの透徹した論理的説明や、嫌みな返しを用意しておいてください。そのときを今か今かと手ぐすね引いて待つと思えば、つまらない仕事にも張り合いが出るというものです。

相手の思考パターンを読み、いくつかシナリオを作っておくのもよいでしょう。他人を傷つけるような無神経な発言をしてくる人物というのは、総じて頭の回路がシンプルである能性が高いですから、思考パターンもそれほど多くはないはずです。着々と挽回の機会を待ちましょう。

 

【相手と今後会うことのない関係性~①自分が悪い場合】

これは例えば、たびたび会うわけでもない相手に失言したり、うまく説明できなかったというケースです。

連絡が取れる相手であれば、何かの折にメールでさりげなくフォローするのもいいですし、それすら叶わない関係性でしたら、それはあなたが相手の人生において「瞬間的メンター」の役割を課せられたと割り切りましょう。
あなたのその時の対応こそが、相手にとって最も必要な気づきになったのです。

 

【相手と今後会うことのない関係性~②相手が悪い場合】

これは案外、やっかいです。

今後会わないからといって、傷つけられた被害感情は容易に終息するものではありません。しかし実際、このような出来事は日常で多く発生するもので、非常にストレスがたまります。そこで今回は3点、心の解消方法をご紹介します。

(1)金に換える

あなたの被害感情を何らかの形で換金することに、意識をスライドしてみましょう。SNS等で発信して優しい人になぐさめられて終わりとするのも良いですが、せっかくですからそれを元手に、この被害感情という材料を、どこでどのように金銭化できるのか、ビジネス脳で建設的に考えることをお勧めします。金銭回収は、短期でも長期でも結構です。

例えば記事を書いて関連サイトで売る、ネタを書籍化する、ビジネス立ち上げの動機にする、セミナーを企画しネタを講演に盛り込む、自己ブランディングに使用する、攻撃されないための資格取得にチャレンジする、被害感情を他言語で翻訳して語学力を高め、スキルアップする・・・・・・。

怒りや恨みは持続します。持続する感情というのはそれなりのエネルギーを備えますから、漏電させておくのはもったいないものです。マイナス感情はじょうずに使えば、自分を高めるパワーとなり得ます。

また、分析脳にシフトすることで、「このような発言を引き起こした根本的な背景」や「自分は何に腹を立てていて、本心はどうしたいのか」という核心部分も見えてきます。論理的に考えるクセづけの訓練としてみてください。

(2)自分が成長する

言い尽くされた内容ですが、効果的な解決方法です。腹を立てるのは、自分が相手と同等レベルにいるからです。精神的なチャンネルの周波数が合うがゆえに、心が過剰に反応してしまうのです。自分が成長すれば、相手の言動は「行儀の悪い子供のヤジ」くらいに感じるようになるでしょう。

(3)時間軸の縛りを解く

私自身の「やわらかくのびる時間」という記事でも書いたのですが、過去と現在と未来は、同時に存在するといいます。

マサチューセッツ工科大学の哲学助教授、ブラッド・スコウ博士は、「時間は流れていない。むしろ止まっている」と主張しています。相対性理論をもとにすると、「現在・過去・未来は同じ時空間に広がっていて、それが散在する状態にある。だから『時間が流れる』という表現は間違い」なのだそうです。

 

そのように考えると、「過去に嫌な体験をしたあなた」も、「今それを煩悶しているあなた」も、「未来それを乗り越え強くなったあなた」も、それぞれが「今」、別個に同時存在しているといえます。時間軸の縛りを解けば、「未来それを乗り越え強くなったあなた」が今、隣に存在しているのです。

嫌な思いをした過去だけに意識を飛ばすのではなく、「それを乗り越えて気にしなくなった状態のあなた、強くなったあなた」の意識を捉え、そこでのあなた視点を経由して、過去をただの「現象」として見つめてみてください。感情を廃して俯瞰できるはずです。

 

ストレスや負の感情というのは、自分では気づかぬうちに「考え方のクセ」が出来ているものです。
「時間」という概念を除き、意識が解放されたさまざまな循環で考えを巡らせてみてください。それはあなたの意思ひとつで、選択可能なセルフケアとなるのです。

マウンティング癖のある人を褒めるということ

職場のご相談にのる機会が増えてきました。やはりこのストレス社会、男女ともに最多のお悩みの原因は「人間関係」のようです。

書店では人間関係をうまく構築するためのマニュアル本や、意識の転換を伝えるメンタル本、人生訓や自己啓発の本を多く目にします。
そしてそこに比較的共通して書かれていることは、「他人を褒めることの大切さ」なのですが……。

 

他人を褒めることは、気持ちのよいことだと思います。自分が誰かを褒めたことで、その人が自信を持ち、コンプレックスを手放し、個性を発揮して活躍する様を見るのはとても楽しいものです。暗くうつむいていた人の顔がぱっと明るくなり、殻を破り、生き生きと人生の舵取りを始める姿はとても美しく、こちらの気分まで明るくなります。

「子供を伸ばす魔法の言葉」(ドロシー・ロー・ノルト著)という本もあるように、言葉というものは、人生に多大な影響を与えるのに、何のコストもかからない、極めて有効な心の栄養剤です。言語という無料のツールだけで誰かに貢献できる、素晴らしいアクションです。褒めた側の心の財産にもなると思っています。

また、「自分はあなたの良いところに気づいていますよ」と好意を示すことで、職場やコミュニティにおいて、相手との心の距離が縮まり、人間関係を構築するうえでの良好な手段にもなり得るでしょう。

 

 

ところが、ある一定の人種に関しては、これが逆効果となる場合もあります。

褒めることが逆効果となる相手―――それは男女ともに、性格に「マウンティング癖」のある人です。

このタイプには、褒めることが純粋な善意として浸透していきません。なぜならば、褒められたことで自己を過大評価し、尊大に振る舞い、褒めた相手を「見下す」などの暴挙に出るからです。

「褒める」という行為が相手を増長させ、支配者と被支配者類似の構造を生み、関係がスムーズに回らなくなるという、歓迎できない現象を引き起こす結果となるのです。

「褒めること」は、相手の性質によって、人間関係の落とし穴にもなり得ます。

 

女性が「マウンティング癖」のある男性を褒めた場合、それは「支配性」を刺激し、性差別意識に拍車をかけます。男性は自分を褒めた女性のことを「下位の存在」として設定し、「この女は俺を崇拝している」というような、歪んだ優越的視点を抱くようです。

実際、私の以前の職場の上司がこのタイプでした。
このようなケースでは、褒めることが人間同士の良好なコミュニケーションになるどころか、「上下関係」の高低差が増し、傍若無人な態度を増長させ、性差別的な暴言を生み、職場での人間関係がますますギクシャクしたものとなりますので、注意が必要でしょう。

 

また女性が「マウンティング癖」のある同性を褒めた場合、女性としての自己顕示欲が関わってきます。
このタイプの女性は、褒めた相手を「自分を羨む存在」であると位置づけ、女性として「格上」の立場を手に入れたという、勝利の心酔状態に陥るようです。ステイタスの上位に立ったと考え、対等な関係を築くという親和的視点を見失います。

やはり以前、このタイプの女性とご一緒したことがあるのですが、センスの良いブランドバッグをお持ちだったので、「素敵なバッグですね。よくお似合いですよ」と褒めただけで、女性はその後、逐一、私の服や持ち物の価格やブランドを知りたがるようになりました。そうしてチェックを入れて、常にそれよりも上回る価格のものを持つようにし、以降はそのことを過剰にアピールして話題にする……という結果となり、少々辟易した覚えがあります。

「そう、私はあなたよりもワンランク上の女性なのよ。そのこと、忘れないでね」

こういわんばかりに、褒めた相手を「自分・オン・ステージ」を彩るわき役―――パセリやプチトマトに設定し、恣意に、自分の人生舞台に登場させたいようなのです。

 

また反対に、自らを「マウンティングの下」だと卑下している女性を褒めた場合、「嫌味」だととらえられるケースもあります。
すべてを卑屈にとらえてしまう「心の癖」ができている方というのは、相手の褒め言葉すら、心のダークサイドへとスライドしてしまいます。

「今の発言って、私のことをバカにしたんじゃないかしら」
「あの人はいいわよね。そうやって他人を褒める演技で、自分の点数も稼いでいるんだから」

ちょっと信じがたい発想ですが、実際にこのように考える女性もいらっしゃいます。

 

心根が素直な方というのは、男女ともに、
「褒められて嬉しい。元気出た」「よし、もっと自分を磨こう」
「自分も誰かの良いところを見つけて、褒めてみよう」などと、ポジティブな発想に行くのですが、マウンティング癖のある方は、どうにも発想のツボが異なるようです。

人間関係というのは、本当に一筋縄ではいかないものですね。

情に掉させば流される……ではありませんが、相手を尊重しながらも一定の距離感を保つという、中庸のむずかしさを思い知らされます。

 

このように、反応の異なるさまざまなパターンに対峙してきたことからも、私は、優しさに満ちた「他人を褒めることの大切さ」が書かれたメンタル本を目にするたび、いつもどこかで、釈然としない気持ちになるのです。

「現実の人間関係は、そんなスムーズにいくほど甘くはないし、人の心も素直ではないですよ……」

このような違和感を覚えてしまう自分もまた、やはり素直ではない人種の一味なのかもしれませんが。

 

もし現在、人間関係にお悩みの方がいらっしゃいましたら、「うまくいかないのが当たり前」くらいに、鷹揚に構えられたほうがよいと思います。

人間関係というのはケースバイケースですから、書籍を鵜呑みにするのではなく、相手の性質を見極めながら、自分なりの対処法と心の避難所を作っていただきたいのです。

書籍はひとつの参考。
マニュアル書ではありませんから、その通りにうまくいかずとも焦りは禁物です。
まずは対象を分析し、適切な対応スキルを模索し、職場やコミュニティでご自身のストレスをためないよう、オリジナルの逃げ道を作ってみてください。

セクハラやパワハラの後遺症に悩む人は

最近、セクハラパワハラ被害者からご相談を受ける機会が増え、心のアフターケアについて考えさせられることが多くなりました。

複数人から聞かされた本音は、「未だに相手への憎しみを捨てきれていない。そんな自分に苦しんでいる」 という声です。
案件が進行中の人も、既に終わった人も、ハラスメントや過去の出来事を引きずり、皮膚の内側に食い込むトゲのように、痛みを抱えている人は多いようです。

私はこの相談を持ちかけられたときは、「別に憎しみを捨てなくて良いのでは」とお答えしています。
もちろん、捨ててスッキリ気持ちを切り替えられるならば、それにこしたことはないでしょう。しかし、黒い気持ちを半ば強引にクリーンな気持ちにスライドしようとするあまり、もやもやしたものがお腹にたまるならば、かえってアンヘルシーではないでしょうか。

昼と夜があるように、人間にも陽のタイプと陰のタイプがいます。昇華の仕方も人それぞれ違って当たり前だと思うのです。

「あの出来事があったから、今の自分がいる」
このように、今の幸せを心から喜べる、善良で謙虚な性格ならば、それが一番よいでしょう。ポジティブで心の強い方です。暗い谷底から這い上がってくる試練は大変な苦労だったことと思いますが、そのおかげで柔軟な筋力が身に付いたのだと思います。

しかし、もしあなたが心のどこかで「許せていない自分」がいるならば、その気持ちに素直でいるほうが精神衛生上よいかもしれません。
「あの嫌な経験があったから今の自分がいる」
「あのいじめこそが、他人の痛みをわかるようにしてくれた」
これが本心ならば素晴らしいことです。

しかし本心に逆らい、腑に落ちない気持ちに無理やりふたをして、心を善にリセットしようとするならば、逆に歪みやねじれを生じさせはしないでしょうか。

 

ですから未だに許せない相手がいても、そのマイナスの気持ちに罪悪感を抱く必要はありません。
実際、ハラスメントやいじめの体験談を聞くと、「あー……そりゃ、許せなくて当然だわ……」と思えてしまう内容ばかりなのです。

憎しみを捨てたほうが楽になれるのならば、さっさと捨てればよい。身軽になって次に進めるのは素晴らしいことです。
しかし憎しみを捨てることに、未だ自分の心がどこかで納得できないのなら、捨てる必要はないのです。捨て時ではないのでしょう。その負の感情は、案外どこかで役に立つのかもしれません。

 

「こんなもの、いったいどこで何の役に立つんだよ?」と思ったものが、後に意外なところで形を変え、生きてくることもあります。

たとえばこんな話もあります。
美容関係の友人は、壊れた傘を捨てる機会を逸していましたが、知人のホームパーティーで、あこがれの有名美容室のカリスマ美容師が、その傘の骨を抜き、ケープとしてカットしてくれたそうです。(美容師の間では傘がカットケープとなるのは、わりと常識らしいですね)

そのカット技術たるや、シザーハンズのエドワードみたいだったと、友人は頬を紅潮させて、興奮気味に話しました。
傘もただ廃棄されるより、最後まで使用されて感謝もされて、強烈に「役目をまっとうした感」があったでしょう。

 
また別の知人は、アリゾナを旅する途中、子供から壊れたコイル巻ワイヤーのおもちゃをもらい受けました。ゴミ箱があったら捨てようと思いポケットに突っ込んだのですが、捨てる場所もなく、なんとなく持っていたそうです。
遭難しかけた際、そのワイヤーを伸ばして鉄紐状にし、ナイフ代わりにしてサボテンをカットし、水分を吸い、生き延びたといいます。
本人いわく、「あれがなかったら危なかった」とのことです。

 

捨てられるのならば捨てればいい。無理ならまだ持っていればよい。役に立つときがきたら使えばよい。今はゴミとしか思えない邪魔な気持ちも、予測不能な、不思議な昇華方法が待っているかもしれません。

人生というのはびっくり箱で、何が起こるか本当にわからないものなのです。

 

 

(有馬珠子のあめぶろ)
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