カテゴリー別アーカイブ: あなたの周りに潜む東電OL予備軍

はじめに ~ あなたの周りに潜む東電OL予備軍①

はじめに~あなたの周りに潜む東電OL予備軍

 

はじめに

Tさんについて書く日が来ようとは夢にも思わなかった。
Tさん   。彼女からは闇の匂いがした。 孤独な女性キャリア「東電OL」に、よく似た人。

神泉駅の傍らの薄汚いアパートで売春の果てに殺された、東京電力女性総合職第一期。丸山町の闇に消えたトップエリート。

東電OLは、社会的地位や肩書きとしては、誰もがうらやましがるものをすべて備えていた。
そしてそれはまた、Tさんも同じだったのだが。

 

Tさんと出会った十数年前、私は当時、東電OLという言葉を何気なくニュースで聞いていただけだった。彼女に対する親近感もなければ同情心もない。とりわけ深い知識はなく、彼女について積極的に情報をとりにいくこともなかった。

しかし東電OLは月日を経てもなお色あせず、さまざまな作家、媒体が彼女を惜しみ手放さない。論じ、分析し、祭り上げてはこき下ろす。

時を経てネパール人容疑者ゴビンダ氏の冤罪が報じられ、今私の目に、否応なしに彼女のことが突きつけられた。

 

女性活用推進が叫ばれ、男女共同参画が謳われ、彼女のいた時代よりも、ずっと社会は生きやすくなったはずなのに。それでもまるで東電OLのコピーのような、病み続ける女性は後を絶たない。

彼女のごとく他者の価値観を成功として設定し、ラベルに振り回されて自己を失い、本当の自分と手をつなぐことができずにギリギリの精神状態で煉獄の崖っぷちをさまよう女性たち。今にも落ちそうに中を覗いては、あわてて飛びのき、やがてフラフラと吸い寄せられて滑落する。

 

本書は私から現代女性に捧げる蜘蛛の糸である。
何人でも構わない。どうか登ってきてほしい。

 

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あなたの周りに潜む東電OL予備軍: 本書は現代女性に捧げる蜘蛛の糸である

 東電OL予備軍・Tさん~あなたの周りに潜む東電OL予備軍②

東電OL予備軍・Tさん~あなたの周りに潜む東電OL予備軍

 

彼女からは闇の匂いがした。

全身を覆う闇のオーラは、「匂い」という抽象的なものではなく、すでに外見からも容易に伝わりうるものだったのだが。

彼女の服装は、いつも全身黒ずくめ。それもおしゃれなモード系ではなく、だぼだぼの黒いスポーツタイプのポリエステルスウェット上下という仕様。その下には、貧相と言ってよいほどに痩せた四肢が包まれていた。

長く伸びた黒髪に、染めた形跡はみられない。一時テレビ画面をにぎわせたオウム真理教女性信者のように、手入れもせず腰の下まで、長く長く海藻のように伸びていた。それだけならばさして珍しくもない。人目をひくのは、彼女のメイクだった。

まず、異常な厚塗り。

すでにナチュラルメイクがもてはやされていた十数年前にもかかわらず、ファンデーションがごってりと何層にも塗りつけられ、もはや地の肌が見えていない。まるでたっぷりとバタークリームを塗りつけたケーキのような質感だった。しかも地肌とファンデーションの色が合っていない。顔面だけワントーン黒く、遠目からも顔が浮いたように見えるのだ。

そしてもっとも気になるのが口紅の色だった。「なんでこの色をチョイスしたんだろう」と、首をかしげたくなるような不気味な色なのだ。紫というか、それも明るい秋のボルドー系などではなく、地味な小豆色に練乳をぶちこんだかのごとく、白濁した暗い紫。まるで死人の唇のようで、生きることを拒んでいるかのごとくに見えた。

「なにあの色、気持ち悪い。どこであんな色探してくるんだろう。探そうと思ったって、あんなのなかなか見つけられる色じゃないよね」

ストレートな性格をもつ同僚の路子は、悪びれずにあっけらかんと、そう言い放った。

 

 

彼女  Tさんと出会ったのは、今から十数年前の資格予備校だった。

当時、会社で暇をもてあましていた同僚の路子は、厚生労働省の教育訓練給付制度を知り、目を輝かせてこう言った。

「受講料が二十パーセントも戻ってくるなんて、結構お得よね。ねぇ、いっしょに受けない? ちょうど今、新部署がスタートしたばかりじゃない。私たちの仕事もラクになったしさ。これを逃したら次はいつ機会があるかわからないよ。それにさぁ、会社と自宅を行ったり来たりのありきたりの生活も人間関係も、もううんざりだし」

 

私たちが受講したのは、ベーシックな法律を学べる某資格基礎講座だった。たしかに社会人として幅広く役に立ちそうな知識を学ぶことができるし、転職にも有利といえた。

 

しかしほかのクラスは違った。公務員試験や司法書士、司法試験の講義など。
さすがに司法試験のクラスとなると客層も違い、入れ違う生徒たちも、緊張感がただよっていた。「友達でも作りながら楽しく受講」という雰囲気ではなく、ピリピリしている。
私たちの受講しているコースの前のコマは、司法試験クラスというスケジュールが多かった。私たちの講義が始まる前の休み時間、六法全書を開き、ぎりぎりまで居残り復習している人が数人いた。

 

その日、路子はなかなか来なかった。

私は席を確保しておこうと、路子が好んで座る後部座席に行きバッグを置いた。前列の席には、前の授業を受講していたと思われる黒ずくめの女性がまだ座っており、一心不乱に刑法の参考書を見ていた。

受講開始のチャイムが鳴ったのに気づくと、女性ははっと顔をあげて、慌てて本をかき集めて立ち去ろうとした。彼女は、高校生が部活の合宿に持って行くような大きいプーマの黒いスポーツバッグに参考書を放り込み、立ちあがった。しかし急いでいたためスポーツバッグを後列の机にひっかけ、私のテキストをすべてさらい落とした。ばさばさと大きい音を立ててテキストは下に落ちた。

「ごめんなさい!」
女性はしゃがんで私のテキストをかき集め、ほこりを払い、手渡した。

「すみません、テキストを汚しちゃって。大切なお勉強の本なのに」
「ああ、全然。だいじょうぶですよ。べつに汚れてなんかいませんし」

私は笑顔で受け取り、そのまま普通に会話を終わらせようとした。
しかし女性はなおそこに立ち尽くし、話を続けようとした。

「本当にごめんなさい。ご本を汚したばかりか、授業前の予習までもじゃまする形になってしまって……」

そこまで言いかけたところで先生が入室し、同時に後ろの扉から路子もすべり込み、その女性との会話はそこで終わりとなった。私は落とされたテキストよりも彼女の不思議な色の厚塗りメイクが気になった。

 

別の日、私はあの女性と再会した。

その日は土曜日で、昼休みを挟み午後の私の授業がはじまるというスケジュールだった。午前中に用事があった私は外食ランチを楽しむ余裕がなかったので、昼食を買って教室で食べることにした。

後部の席に行くと、前回と同じ席であの女性が昼食を食べていた。目が合ったので私は目礼をして、彼女の後ろの列に座ろうとしたところ、彼女から声をかけてきた。

「この前はごめんなさい。教科書は大丈夫でしたか」
「そんな、大丈夫でしたよ。本当、気にしないでください」

私はビニール袋からゴソゴソとクロワッサンサンドを取り出しながら軽く受け答えた。振り向いた女性の肩越しに手作りとおぼしき弁当が見えたので、私は会話の糸口とした。

「お弁当、ちゃんと作ってきているんですか。えらいですね」
私は笑って自分のサンドイッチを軽く持ちあげて、軽く話題をふった。もしかしたらこの人は昼食時の話し相手が欲しいのかな、と思ったからだ。

しかし私が女性に声をかけたのはそれだけが理由ではなかった。彼女の風変わりなメイクを見て、「この人はどういう人なのだろう」とふと興味がわいたからだった。彼女の雰囲気と外見だけで、すでに常人とはあきらかに違う、異質な闇の匂いを私は感じていた。

このとき私は好奇心など持たず適当にあいづちを打ち、ひとりで教科書でも読み始めれば良かったのだ。そうすれば、彼女の心のブラックホールに片足を引き込まれることもなかったし、沈淪(ちんりん)した自我の残滓(ざんし)を見ることもなかったのだ。

彼女は自分の席に身体を戻し、弁当箱を片手に持ちながら、ゆっくりと振り返った。

「お邪魔じゃなかったら、いっしょに食べてもいいですか。食べ終わるまでで結構ですから」

 

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あなたの周りに潜む東電OL予備軍: 本書は現代女性に捧げる蜘蛛の糸である

拒食症~あなたの周りに潜む東電OL予備軍③

 拒食症~あなたの周りに潜む東電OL予備軍

知っている人にとっては今更の話であるが、東電OL・渡邊泰子は拒食症だった。
摂食障害の症状が始まったのは、彼女が大学生のとき。敬愛する父親を亡くしたことがきっかけだったと言われている。
佐野眞一氏のノンフィクション『東電OL症候群』(新潮社)によれば、彼女はもともと食が細かったが、その後東電に入社し、日本リサーチ総合研究所に出向した三一歳以降は病的なまでに少食になっていた。
お昼はいつも、小さな器に入ったサラダだけ、別の日はクッキー一枚だけという簡単なものだった。職場の女性がそれでたりるのかとたずねると「食べられない、太っちゃう」と答えた。夜は何を食べているのか聞くと、「刺身を二、三枚」ということだった。

会社外での会議のときも、昼食はクリームパフェなどデザート系のものを食べていた。彼女がしっかりとした食事をとっている姿はほとんど見られていない。

しかし知能派の仕事をこなすにはやはり脳の糖分は必要だ。東電OLの就業中の糖分摂取方法は、インスタントコーヒーをスプーン三杯とたっぷりの砂糖をわずかなお湯で溶いてドロドロにした、トルキッシュコーヒーのような奇妙な飲み物を作り、デスクで飲んでいたという。

 

三年間の出向期間を終え東京に戻った彼女は、渋谷の円山町で売春を始める。一日四人の客をとるというノルマを達成し、その後は必ず終電電車で実家に帰宅していた。
電車内では、コンビニおでんをむさぼるようにすする奇異な行動が目撃されている。おそらくこれが夕飯だったのだろう。おでんはいつもこんにゃく、しらたき等、ローカロリーなものばかりを頼み、店員に「つゆをたっぷりね」と注文していた。

彼女が死体で発見されたとき、その身体は骨が浮き出るほどにやせ衰えて、理科室の骨格標本のようだったという。

 

右記は私にとって、後づけの知識だ。
事件当時の私は、東電OLが何者かも知らなかったし、彼女が拒食症だったという事実も知らなかった。ただ「すごい経歴の女性キャリアが殺害され、犯人(ホシ)をたどっていったら女性キャリアの裏の顔が明らかになった」というTVワイドショーの報じる情報が、なんとなく耳に入ってきた記憶があるというくらいだった。

 

さて、予備校の彼女の話に戻ろう。黒ずくめ厚塗りメイクの女性の名は、Tさんといった。

私たちは自己紹介を交わし、そこで私はさしたる思惑もなく彼女の和風弁当を褒めた。Tさんの弁当は、白米、焼き鮭、海苔、梅干し、青菜というシンプルなものだった。

「ベーシックなお弁当っていいですよね。私一人暮らしだし、自分ではお弁当って作らないから。おいしそう」

するとTさんは黒目がちの瞳でじっと私を見つめて言った。子供のような目だった。
「おいしいかどうかって、私にはあまり関係ないんですよ。私にとって食べることというのは、義務のようなものだから。あのね、私じつは拒食症になってしまって、いっとき体重が三十キロ近くまで落ちてしまったの」

Tさんは少し癖のある丁寧な話し方で、いきなり自分の暗部を語った。Tさんはぱっと目にも背が高いほうで、160センチ以上あった。

 

私は今でもときどき、Tさんのお弁当が鮮やかに目に蘇る。
判で押したように毎回同じお弁当。小さめの弁当箱にぎちぎちに極限まで詰めた白米。その上の海苔と、梅干しと、焼き鮭と、ほうれん草炒め。おかずは素材をふっくらとおいしく食べるために盛り付けるなどの工夫はなく、鮭は白米の上に儀式のようにぺったりと貼り付けられて横たわっていた。ほうれん草も片隅に狭くきっちりと寄せ、それらすべてを弁当箱の蓋でつぶし、押し詰めていた。

食事を楽しむためでなく、ただ生命を生かすための供物として捧げられる悲しい聖餐。ほかの人の手にかかるとおいしそうなピンク色の鮭も、Tさんの前では、ただただ、虚無への生け贄としてささげられた、無味な死肉としか見えなかった。

 

私はTさんのいきなりの拒食症告白に驚いた。しかしそれは「拒食症だったこと」に驚いたわけではなく、一度会ったきりの赤の他人にいきなり拒食症だった過去を告白するという、彼女の無防備さに驚いたのだった。

 

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自罰メイク~あなたの周りに潜む東電OL予備軍④

自罰メイク~あなたの周りに潜む東電OL予備軍

 

東電OLを伝説にまで持ち上げたひとつのファクターとして、売春を行う時の「白塗りメイク」が挙げられる。彼女は終業後、渋谷109のトイレで着替えて厚塗りメイクを施し、ロングヘアーのウイッグをかぶり、トレンチコート、肩には革のショルダーバッグ、といういでたちを固守して、毎夜毎夜、地蔵前で客引きをしていた。
「円山町の白塗り妖怪」と呼ばれた所以である。

 

さて、東電OLは「白塗り」だったが、Tさんは地肌よりワントーン暗い「暗塗り」のファンデーションを厚く厚く施していた。

東電OLが過剰なほどに性を解放するときのいでたちとは真逆に、ひたすら女性としてのコンプレックスを消化できないTさんの選択した容姿が、このような異質メイクで顕在化している。
両者は相反する意識を持ちながら判断の根底に流れるものが「男性からの性的評価」という点で、私は今、彼女たちの間に、不思議な共通点を見いだしている。

 

私は「自分は美しくないから両親に好かれていない」というTさんの話を聞いたとき、奇妙なメイクの意味を少し理解した。
もしかしてこれは自罰だろうか。「私はこんなに醜い人間です。申し訳ございません」と周囲にアピールするための。自分自身を鞭打つための。自分の素顔を暗く塗りつぶして存在そのものを否定するための。

 

(中略)

桐野夏生の長編小説「グロテスク」(文春文庫)は、東電OLをモチーフにした小説といわれている。

小説「グロテスク」で描かれる世界が、事実であるかどうかの確証はない。しかし私の知り合いの何人かから、「内部組」と「編入組」のエピソードを実際に聞いてひも解いてみるに、いかにもこの物語は現実とリンクし、リアリティのある話として浮かび上がってくるのだ。

「私は美しくもないし良い子でもないから、両親に愛されない。せめてほかのことで私の存在価値を示さないと」

一般的な視点からすれば、慶応中等部に合格することは快挙といえる。Tさんにとってそこにすべり込んだことは、ひとつの勲章だったにちがいない。両親は大喜びで周囲に自慢したのだろう。
「うちの娘はなんとか慶応中等部に入学したんですよ。いえいえ、そんな、まぐれです。たまたま運が良かったのだと思います……」

Tさんは嬉しそうにご近所に吹聴する親を見て、「自分はやり遂げた!」と勝利を実感した。

 

しかし残酷な現実は、その後も待ち受けていた。
彼女が血の滲む思いでようやく手に入れた「慶応中等部」のブランドチケットは、対外的には真価を発揮したが、内部では不十分だった。そんなブランド、ここでは誰もが持っている。むしろ「編入組」なんて、ぜんぜん格下。加えてここでもまた「美しさ」がラベル価値として生きている。

希望に夢膨らませて入学した慶応中等部は、Tさんを打ちのめしてきた家庭と同じ牢獄だった。むしろ肩書きは持っていて当然、「プラスアルファ」でゴージャスな美が求められる、さらに厳しい王国だったのだ。

 

「一体、だれが、どこが、なにが、私を認めてくれるの?」

Tさんは動揺した。しかしいつまでも打ちひしがれてはいられない。レフェリーが冷酷な目で私を見ている。カウントアウト前に立ち上がらなければ。
そうだ、ならばもうひとつの「チケット」、優秀な頭脳で秀でるほかない。

しかしTさんは、そこでの存在価値も獲得できなかったのだろう。おそらく編入組はすべて勉強のできる人ばかり。とびぬけてTさんが優秀というわけでもない。もちろん在学中のTさんの学業成績を私は知らないので、なんとも言えないのだが。

 

Tさんは、自分を消したかったのかもしれない。

暗いメイクで自分の顔を塗りたくり地の顔色を隠すのは、現在の自分を否定しているサインである。東電OLが「理想の東電エリート社員」を塗りつぶし、夜ごと売春のため円山町で立ちんぼしたのと同様に。Tさんは自らを罰する目的で、自我を塗りつぶしていた。

一見したところ、東電OLが自我の解放、Tさんが自我の抑圧と見えるかもしれない。しかし私は、両者は表裏一体であると考える。白か黒かの差だけなのだ。根底にあるのは「失敗した自分を塗りつぶしたい」という欲求である。「あれは本来の私じゃない!」という自己否定であり、承認欲求に餓える魂の叫びなのだ。

Tさんは自分の存在価値を、どこにいても見いだせない。

普通に親の愛を「承認」し、実感してきた子供であれば気楽に考えられたのだろう。

「慶応には入学できたんだし、まっ、いいか」と、さっさと自分の人生を歩き始めたのかもしれない。
しかしTさんは、そもそも自分の存在価値というものを、幼児期から獲得できていない。それを得ようと必死で新しいステージに登ったはずなのに、今にもステージの縁から突き落とされようとしている。

 

私にはTさんの絶望が、ぼんやりとだが見える気がした。それはまるでホラー映画のナイトメアを切り取ったかのような。迫りくる化け物を振り切って、必死で逃げて、逃げて、逃げて   。ようやく暗い森の木々を枝をかき分け、茂みの向こうに身体ひとつぶん抜けられる光の穴を見つけた。もがきならが這い出して、「助かった……!」と明るさのなかで安堵の涙を一粒流したところで、真上から、さらに強力な化け物が、笑いながら落ちてきた。

      !!」

その絶望はいかほどだったのか。

 

教えてください。両親の自慢となるべく、愛される娘となるべく、私はつぎに何をしたらよいのでしょう   

Tさんは、「両親に認められる」ことや「両親の自慢」となることが存在価値ではない、という根本的な事実に気づいていない。そしてその手段である「他者から評価される美しさ」や「司法試験合格」もまた存在価値ではない、ということにも気づいていないのだ。

愛される「手段」などないということに、多くの人もまた、気づいていない。

 

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無性の恋愛~あなたの周りに潜む東電OL予備軍⑤

無性の恋愛~あなたの周りに潜む東電OL予備軍

 

前々から思っていたことだが、東電OLはきれいな女性である。

現存する写真は少ないが、派手派手しい美しさというより、知的で品の良い、目鼻立ちの整った楚々とした美人だというのが私の印象だ。実際、彼女の売春顧客の一人も「ロミ山田に似た美人」だと語っている。

百回もの密会を重ねた、会社経営の常連客I田氏などは、自分のほうから泰子をナンパした事実を週刊誌の手記によせている。

「私が彼女と会ったのは九二年十月三十日のことでした。夜八時過ぎ、渋谷の駅前をぶらぶら歩いていたとき、彼女と鉢合わせしたのです。背は高くてスタイルはいいし、五十すぎの私から見ればずっと若くて魅力的でしたから、思わず声をかけて食事に誘いました。そうしたら向こうから『ホテルに行こう』と誘われたのです」

彼は最初、二万円の金をわたすことも、恋人にこづかいを渡す程度に考えていた。泰子を売春婦とは思わず、男女のつきあいだと信じていた。
やがて泰子のハンドバックのなかに数十種類のコンドームを見つけたことから、商売をしているのではないかと疑いを抱く。彼は真実をつきとめようとやっきになり、彼女を追跡したりもした。

「嫉妬といわれればそれまでですが」
私が国会図書館でコピーしてきた当時の週刊誌のなかで、I田氏はそう語っている。

 

東電OLを調べていくと必ず目につくのが、「容姿コンプレックス」「女としての価値や承認を得たくて売春していた」という男性の意見である。このような意見を目にするたび、男性の想像力はその程度かと失笑するのだが。

私は少なくとも、東電OLに容姿コンプレックはなかったと考えている。

彼女が入社した一九八〇年当時はまだ、求人広告に「容姿端麗な女性求む」と、堂々と書かれていた時代だ。古くさい男社会が幅をきかす大企業の中で、「亡き父親が東電社員だったから」「優秀だから」という理由だけで、泰子が東電に引き抜かれたとは考え難い。
むしろ容姿が悪くなかったからこそ、才色兼備な東電女性総合職第一期の「顔」として、売り込む価値ありと目をつけられ、その事実がいっそう働く女性として泰子を苦しめる種となったのではないか。

拒食症になった後でさえ、はたから見れば骨格標本のようにガリガリに痩せた体型も、泰子本人は「これが美しい」と考えていたと思われる。

なぜなら拒食症患者の意識というのはそういうものだからだ。客観的視点を持てず、「まだ太ってる」「まだまだ自分はここが太い」など、膨らんで映るマジックミラーのように、無意識に自身の姿を醜く変換してしまうのだ。

むしろ「売春という仕事のために、自分はより美しく細くならなければいけない」「それがプロ意識というもの」と、摂食障害をエスカレートさせていったともいえるだろう。

 

『東電OL殺人事件』(新潮社)によれば、学生時代、彼女に恋愛の影は見当たらない。泰子はいつもシャツのボタンをきっちりと上まで締めて、およそ女性性を売りものにする「媚び」とは程遠かった。

それでも彼女は、女性として人目を引く容貌を持っていた。

実際、大学時代には、泰子に好意を寄せていた男子学生もいたらしい。
当時を語るその男性は、すでに摂食障害のはじまっていた泰子のことを「痩せすぎていたので自分の好みではなかったが」と言いつつも、自分の友人は泰子をかわいいと言い、何度も電話してアプローチしたと語った。「しかし彼女のほうが全然その気にならず、付き合うまでには至らなかった」という話だ。

そのようなエピソードも残っているほどであるから、東電OLは決して容姿に自信がなかったわけではない。むしろ男性から誘いを受ける美しい女性だった。

大学時代のゼミコンパでも、浮ついた行動はまったく見せなかった。酔った男子学生が酒の勢いで女子学生を「こっちこっち」と隣の席に誘っても、泰子は頑として近づかなかったし、男子学生がふざけて肩に手をかけると、バシッと強く振り払ったという。自分に女性としての自信がある程度なければ、そのような対応はできない。

 

ゼミの会合が遅くなった日などは男子学生が心配し、「送っていく」と言っても泰子は断固として拒否した。男性と二人きりになるということ自体を避けた。
「私は男子学生と一緒に喫茶店に行くこともしない。そういうことはステディな関係を認めることになるから、私は一対一では絶対に受けないの」
そのように知人に話していたという。

なかなかにガードが堅い。古風できちんとした良い家庭のお嬢さん、という印象を与える学生時代である。泰子の時代では、それも際立ってめずらしいことではなかったのかもしれないが。

それがなぜ   。破壊前と破壊後のギャップが大きすぎるからこそ、東電OLは今でもその闇の濃さが薄れないのだ。

 

いずれにしても泰子は、能力も容姿も、男性に媚びる必要のないハイスペックを備えていた。だからこそ東電でも男社会におもねることをせず、ゆえに冷遇を受けたとも推測される。
なぜなら日本企業の男性の多くは、容姿端麗で優秀な女性が、性的な媚びを売らず自分に従わないことに、異常な恐怖心を覚えるから。
彼らは「男に媚びない美しい女性」を、頑ななまでに引き立てようとはしないのだ。

現に東電は、東大卒をおくびにも出さず制服着用し、お茶くみに精を出したという従順な組織型女子社員をハーバードに送り出している。
女性が自我を持つことを歓迎しないのは、「男という鎧」が、ダブルダメージを恐れるからか。
まず人としての能力面で負けることを恐れ、つぎに男性として拒否されることで性的コンプレックスに傷がつくことを恐れる。男性が二重のコンプレックスを、本能的に回避したがるからかもしれない。

私は当時の東電内部における、そのあたりの「空気感」は、十分には外部者に伝わらなかったと思うのだが、実際はどうだろうか。

男性社会に媚びることをよしとしない、優秀かつ端麗な東電OL。
そのような彼女がなぜ自らの体を商品化したのか。
東電OLは、一日四人という売春ノルマをきっちりとこなしてから、必ず終電で帰宅していた。

 

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