世界から笑いものにされている、日本の「オッサン」と「お殿ちゃま」

少し前、某局の女性TVプロデューサーと話す機会がありました。彼女も私や多くの女性と同様、日本の「オッサン社会」を苦り切った気持ちで眺めている一人です。

その方は私よりも少し若い世代。私よりもずっと、いわゆる「平等教育」を受けて育った年齢です。実際、大学を卒業して就職するまで、あからさまな男女差別を感じることなく生きてこられたと語っていました。

それだけでも「ずいぶんラッキーでしたね」と言いたいところですが、いざ社会に出てみると、やはりそこからの現実は惨憺たるものだったようです。

 

彼女は嘆息し、もうお手上げ、といううんざりした表情を見せて言いました。
「もうほんと、何なんでしょうね。あのオッサン達のあの考え方って。どうすれば〇〇大臣みたいな、ああいう男社会の考え方を変えられるのか……」

それに対して私はこう答えました。

「ムリムリ、無理ですよ。変わりませんから。もう何をしたって、あの年代の、あのオッサン達の思考が変わることはありません。死んでいくのを待つしかないですよ。彼らのために何かしようとしても、エネルギーの無駄ですから」

女性プロデューサーは爆笑していましたが、実際のところ、これは私の偽らざる本心です。そして遺憾ながら真実でもあると思っています。

私は追い打ちをかけるように続けました。

「あと20年も経てばずいぶん減りますから。『早く死んでください…』と願いながら、水面下で新しい社会のために、着々とベースを整える活動を積み重ねていく。これしかないと思いますよ」

私のような、善良で気弱な一小市民にこのようなことを言わせてしまう日本社会というのは、本当にひどいですね。

 

 

ところで先日、HUFFPOSTで下記のニュースが掲載され話題を呼びました。

『ニュージーランド女性首相が赤ちゃんと国連の会合に出席。日本代表団はあることに驚き…?』

>在職中の2018年6月に長女ニーブちゃんを出産したニュージーランドのジャシンダ・アーダーン首相が24日、ニューヨークで行われた国連総会の会合に、ニーブちゃんを連れて出席した。会合にはパートナーのクラーク・ゲイフォードさんも同伴、2人がニーブちゃんをあやす姿などに注目が集まった。AFP通信などが報じている。

>この中でゲイフォードさんは、日本の代表団にも言及。「昨日、国連の会議室で(ニーブちゃんの)おむつを替えていた時、日本の代表団が入ってきたんだ。その時、すごい驚いていたんだ。写真に撮れていたらなあ」と、明らかにした。

恥ずかしいことですが、上記ニュースは、いかに現在の日本で女性(特に子育て世代)が政治や公的機関において排除されているか、いかに日本人男性が他人事として育児を捉えているか、いかに日本で育児が社会全体のものとして受け止められていないか、いかに日本人男性が何もしてこなかったか、日本がいかに「オッサン社会」であるか……という事実が浮き彫りになった、かつ、それが日本だと「世界の認識」として共有されていたことがわかる、皮肉に満ちたコメント記事です。

 

先日、第4次改造内が閣発足しました。女性閣僚が1人にとどまったことについて、首相は「日本は女性活躍の社会がスタートしたばかりで、これからどんどん入閣する人材は育ってくる」と話していますが、その発言が空々しいと感じるのは、私だけではないでしょう。男女共同参画を、永遠に「スタートしたばかり」の状態としてとどめ、そこから進展させる気がないことが過去の政策や発言から推し量れます。

アファーマティブアクションの必要性についてはまた別の議論になるため割愛しますが、このように女性の決定権限を躍起になって駆逐したがる、世界も認める日本人男性の「生態」とは、どのようなものでしょう。

私の感覚ですが、わかりやすい「オッサン」思考をお持ちの方は、50代以降に多く見られます。

 

【オッサン[Ossan]】
権力主義で、拝金主義。保守的。地位や金や肩書きに弱く、本質的な価値観や幸福を自ら構築する創造性に乏しい。男組織のマッチョ連帯感は宝もの。性別役割分担意識に疑問すら抱かない。女性を「人間」として見るソフトを内蔵しない。女性というのは3種類。従順で清純なお嬢さんか、あたたかく母性あふれるお袋さんか、自己の欲望を満たしてくれる淫乱な娼婦か。夫唱婦随をよしとし家父長制度を信奉する。「女の性」は「男の持ち物」。だからどのような無礼なことを言ってもしてもよい。自己中心的。女には男の成功を支える義務があり、男をたてる腰元としての義務があり、家庭内の家事育児介護雑事をすべてこなすスーパーメイドとしての義務があり、男の目を楽しませる鑑賞物としての義務があり、性欲を満足させるラブドールとしての義務があると妄信している。優秀な女性、意見を持つ女性は「その例外」という色眼鏡でしか見ないため、彼女らと接しても現実を直視し得る進化のチャンスを自ら手放している。その点で豚に真珠。女は意見を言ってもいいが、男の自尊心や既得権益を傷つけない程度の反撃しか認めていない。男が許してやる範囲の活動で女が自己実現を果たすことが、真の男女共同参画社会だと思っている。要するに何も変えることを望まない。差別主義者だという自覚がない。新しい社会・価値観を自ら取りに行こうとしない。男の考えを中心に世界が動いていると信じる「男性天動説の呪い」にかかっている。視野が狭い。島国根性。マジョリティ以外のバックグラウンドや、弱者的立場の人間の心を想像する共感力に欠けている。自分の所属組織以外の人間と交流するだけの柔軟なコミュニケーション能力がない。交流しようとしても、大抵はマンスプレイニングで相手を不快にさせて終わる。男尊女卑社会で甘やかされすぎたため(隠れマザコン多し)、実は打たれ弱い。

あと3000字くらいはスラリと書けそうですが、このくらいにしておきます。

 

さて、20年が経過し彼ら「オッサン」がずいぶん減ったとしても、私は楽観視できないとふんでいます。なぜなら「オッサン」の後には、次世代40代以下「お殿ちゃま」が控えているからです。

「お殿ちゃま」というのは、彼らの特徴をわかりやすく表現した私独自のネーミングです。世代としては主に30代~40代に多く見られます。さて、その生態とはどのようなものでしょうか。

 

【お殿ちゃま[Otono-chama]】
キャバクラやガールズバーといった女性性消費を日常風景として育ったため、「女性=媚びる商品」という意識がナチュラルにすり込まれている。女性をファーストフードレベルのお手軽価値と誤認し、性的モラルの基準値が低い。風俗やクラブやキャバクラといった「性差別トーク」を通常会話として発信することに疑問も罪悪感も抱かない。サービス業の女性と一般女性を区別できず、女性はすべてグレーゾーンで「性」扱い。「オッサン」と変わらぬ性差別主義者だが、その自覚はない。触らなければセクハラセーフだと勘違いしている。日本において水と安全と癒やしの女性サービスは、すべて無料だと信じている。一般女性にも「おもてなし」を無償で期待する。マスゴミの作り出した薄っぺらい「女子像」を押しつけるカジュアルセクハラに余念がない。何だかんだいって女性は女子力を高めたい生き物で、男の目を気にして男に好かれたい生き物だと信じている。男が常に「性の評価側」だという視点から抜け出せない。自己中心的。しかし女性から向けられる自己への性評価に対しては、不思議なほど楽観的。「オッサン社会」を踏襲しており、男尊女卑や拝金主義や肩書き信奉を捨てきれない。やっかいな自尊心だけは高く、腰元にちやほやされることが大好き。「僕ちゃんえらいよ。男だもん」という根拠のない優越的視座で生きている。女に理論で討ち負かされることは大嫌い。それゆえ腰元が殿様と同じ目線で意見する、現代社会にまだ慣れない。そのくせ本当の殿様ほどの権力や財力や影響力はなく、規格の小さい「お殿ちゃま」。家事や育児に気まぐれに手をつければ、ドヤ顔で「平等社会」。フェミニズムを叫ぶ女性達のことは、「そういう女性」と色眼鏡で他人ごと。性的被害やトラブルはすべて「誘うような女が悪」く、性的強者の権力構造にあぐらをかいて弱者的立場の視点を追わない。本質的な男女平等にじつのところ関心がない。ダイバーシティやシンギュラリティなどグローバルな横文字には食いつくが、心の中は江戸時代。日本のジェンダーギャップ指数144カ国中114位という世界現実にも無関心。ネット社会に生きながら国際的感覚に乏しいムラ社会の申し子。物事を面でなく点でしか考えられない。日本のガラパゴス進化に危機感を抱かない。真の男女平等社会に対する認識が雑駁。表面的な情報だけでわかった気になっているが実は何もわかっていないし、そもそもわかりたいとも思っていない。自分に楽な立ち位置で展開されている男女不平等社会が、じつのところ居心地よい。そのため既得権益が脅かされないレベルでの男女平等しか歓迎しない。ご都合主義。女性に幻想を抱きすぎて、未だ対等な社会的パートナーとして見られない。「会社の女の子」という言い方がセクハラであると、まだ気づけない。男尊女卑社会に甘やかされすぎて下駄を脱げない。

 

こちらもあと5000字くらいは軽く書けそうですが、このくらいにしておきます。

私自身の経験を申し上げますと、日本野鳥の会のストップウォッチ技術をもってしてもカウントし切れないくらい、上記生態の「お殿ちゃま」にたくさん出会ってまいりました。

「オッサン」は20年待てばずいぶん減るかもしれませんが、「お殿ちゃま」は世代として、平行して生きていかなければなりません。それを思うと暗澹とした気分になり、秋の夜長を枕を濡らす毎日です。

対策としては、今後このような男性にお会いしましたら、
「あらあら『お殿ちゃま』、もう平成も終わりでござりまするよ」
と、目は笑っていない笑顔でお返しするしかなさそうです。