野菜のポトフ


「日本人は農耕民族だから、土からの芽吹きを喜ぶ本能があるはずだ」
山歩きが好きで、自然を愛する母はこう言った。

たしかに幼少時、朝顔の種が発芽したときの、土のむっくりしたふくらみに胸をときめかせたのは事実だ。宝箱が開いたかのような、生命の神秘に対する畏敬の念。
農業を生業にしている人は、あの感動を毎日肌で感じているのだろうか。

しかし私の中に沸き立つ農耕の血はない。
緑豊かな山よりも大河流れる肥沃な土地よりも、熱風吹き荒れる砂漠に心をうばわれる。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA(ポトフの材料)

 

パール・バックの「大地」は長い小説である。しかし圧倒的な面白さで、息つく間もなく読み進めてしまう。

小説というより、ほとんどノンフィクションルポといってよいだろう。
主人公である王龍が、下層階級の農民から大家にまでのし上がる軌跡と暮らしと人生が、緻密なタッチで細部にわたり書き込まれている。

農民である王龍は、土を愛し土地を愛する。
黒豆、稲、小麦、キャベツ、玉蜀黍、セロリ、蓮、赤大根……。生活をささえる、まさに「メシのタネ」となる種子を購入し、ひとつひとつ手間をかけて大事に大事に育てる。
王龍は野菜の種まきを、成長を、収穫を慈しむ。
貧困のなか、大地の実りは馥郁たるゆたかな香りを放つ。

それらは私が普段マーケットで買っている野菜とたしかに同じもののはずだが、より生々しさを感じる。
土の匂いはそのまま血の匂いだ。王龍の血がしみ込んだ土から掘り起こされた、血の流れる「生きた野菜」である。

包丁で切れば血が吹き出るような、農民の魂のこもった野菜たち。

 

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(作り方はカンタン。野菜をざくざく切って、圧力鍋に放り込んで、煮込むだけ。きのこ類は乾煎りすると香りが際立って美味しい。)

 

初巻では、読むだけで憔悴するような貧困が描かれている。まさに「悲惨」という言葉しかない、救いのない生活だ。
女性の進退も運命も、「人権」という言葉がむなしく潰えて蹂躙され、闇に沈む。
飢饉と戦争のなか、むき出しになる人間本性の醜さ。しかしその中でも、消え入りそうにチラリと輝く人間の品性もまた、かいま見ることができる。

 

パール・バックが女性小説家であるということは、かなり後で知った。
ピンとこなかったのは、彼女があまりに冷静に、客観的に、この「ほぼノンフィクション」を書き込んでいるからだ。

筆力がすごい。
女性の悲惨な運命も環境も、おなじ女性の立場から淡々と現実を綴る。
当時の中国社会を、取材記者のように、あらゆるサイド、あらゆる層から多角的に組み立ててゆく。

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(圧力鍋で4分。蒸気が抜けるまで20~30分。完成です。 野菜だけのおいしいポトフ)

 

パール・バック自身は、宣教師である父と母とともに、生後三ヶ月で中国江蘇省に渡った。
父方の家系は有名な学者ぞろい。また母方の家系も、高い教養を持つものばかり。中国でのパール・バックは生活に困ることはなく、一流の教育を受けて育った。

白人である彼女の中国での立ち位置は「富裕層」だったはずだ。
それなのに彼女は、「良家の子女」のそれとは思えない観察眼で、上から下まですべての階層を明確にとらえ、縦横無尽にメスをいれる。
移民し「乞食」にまで落ちぶれた王龍一家の立場から社会を描き、そこに読者が感情移入できるようものがたりは練り上げられている。

人間の特性や気持ちにたいする洞察力もすごい。
多数の登場人物の個性、保身感情や心の変化。
また女性同士の虚栄心やいがみあいの動機など、現代社会のオフィスでも繰りひろげられる雑事に、「国も時代も変われども」と苦笑することしきりだ。

 

やがて舞台は、子供や孫たちの世代にまで引き継がれていく。
「大地」は王龍一代だけでなく、三世代を通してあらゆるテーマを含む、壮大なスケールの小説である。

家制度、貧困と富裕、社会クラスシステム、人間関係、恋愛、フェミニズム、農業、労働、道徳、教育、倫理、神智、人種差別、社会福祉、障害者保護、世代間のジェネレーションギャップ……。

驚くほどの膨大なテーマがすべて盛り込まれているにもかかわらず、それらが「人」を媒介にさらりと描かれる。どのテーマも、個人の目線からの「現実」として読ませてくれる。

 

ポトフ完成(最近のお気に入りはヌーシャテルチーズ。普通のクリームチーズよりも脂肪分が少ないらしい。 塩加減、絶妙。野菜たっぷりブランチの出来上がり。)

 

 

これを書いている今、ちょうどTPPが合意の最終局面に向けて動いている。
日本はついに米国産主食用米の無関税輸入枠を新設し、その量を7万トンとする方向で調整する意向をしめした。

わたしのなかに「農耕の血」はないのだが、自らの魂を農業に注いで生きてきた人は、この局面をどのように受け止めているのだろう。やはり「身を切られるような」気持ちではなかろうか。

「農耕」をベースに生きてきた日本人の命運は、今、大地を離れようとしている。

 

 

(有馬珠子のあめぶろ)
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