自罰メイク~あなたの周りに潜む東電OL予備軍④


自罰メイク~あなたの周りに潜む東電OL予備軍

 

東電OLを伝説にまで持ち上げたひとつのファクターとして、売春を行う時の「白塗りメイク」が挙げられる。彼女は終業後、渋谷109のトイレで着替えて厚塗りメイクを施し、ロングヘアーのウイッグをかぶり、トレンチコート、肩には革のショルダーバッグ、といういでたちを固守して、毎夜毎夜、地蔵前で客引きをしていた。
「円山町の白塗り妖怪」と呼ばれた所以である。

 

さて、東電OLは「白塗り」だったが、Tさんは地肌よりワントーン暗い「暗塗り」のファンデーションを厚く厚く施していた。

東電OLが過剰なほどに性を解放するときのいでたちとは真逆に、ひたすら女性としてのコンプレックスを消化できないTさんの選択した容姿が、このような異質メイクで顕在化している。
両者は相反する意識を持ちながら判断の根底に流れるものが「男性からの性的評価」という点で、私は今、彼女たちの間に、不思議な共通点を見いだしている。

 

私は「自分は美しくないから両親に好かれていない」というTさんの話を聞いたとき、奇妙なメイクの意味を少し理解した。
もしかしてこれは自罰だろうか。「私はこんなに醜い人間です。申し訳ございません」と周囲にアピールするための。自分自身を鞭打つための。自分の素顔を暗く塗りつぶして存在そのものを否定するための。

 

(中略)

桐野夏生の長編小説「グロテスク」(文春文庫)は、東電OLをモチーフにした小説といわれている。

小説「グロテスク」で描かれる世界が、事実であるかどうかの確証はない。しかし私の知り合いの何人かから、「内部組」と「編入組」のエピソードを実際に聞いてひも解いてみるに、いかにもこの物語は現実とリンクし、リアリティのある話として浮かび上がってくるのだ。

「私は美しくもないし良い子でもないから、両親に愛されない。せめてほかのことで私の存在価値を示さないと」

一般的な視点からすれば、慶応中等部に合格することは快挙といえる。Tさんにとってそこにすべり込んだことは、ひとつの勲章だったにちがいない。両親は大喜びで周囲に自慢したのだろう。
「うちの娘はなんとか慶応中等部に入学したんですよ。いえいえ、そんな、まぐれです。たまたま運が良かったのだと思います……」

Tさんは嬉しそうにご近所に吹聴する親を見て、「自分はやり遂げた!」と勝利を実感した。

 

しかし残酷な現実は、その後も待ち受けていた。
彼女が血の滲む思いでようやく手に入れた「慶応中等部」のブランドチケットは、対外的には真価を発揮したが、内部では不十分だった。そんなブランド、ここでは誰もが持っている。むしろ「編入組」なんて、ぜんぜん格下。加えてここでもまた「美しさ」がラベル価値として生きている。

希望に夢膨らませて入学した慶応中等部は、Tさんを打ちのめしてきた家庭と同じ牢獄だった。むしろ肩書きは持っていて当然、「プラスアルファ」でゴージャスな美が求められる、さらに厳しい王国だったのだ。

 

「一体、だれが、どこが、なにが、私を認めてくれるの?」

Tさんは動揺した。しかしいつまでも打ちひしがれてはいられない。レフェリーが冷酷な目で私を見ている。カウントアウト前に立ち上がらなければ。
そうだ、ならばもうひとつの「チケット」、優秀な頭脳で秀でるほかない。

しかしTさんは、そこでの存在価値も獲得できなかったのだろう。おそらく編入組はすべて勉強のできる人ばかり。とびぬけてTさんが優秀というわけでもない。もちろん在学中のTさんの学業成績を私は知らないので、なんとも言えないのだが。

 

Tさんは、自分を消したかったのかもしれない。

暗いメイクで自分の顔を塗りたくり地の顔色を隠すのは、現在の自分を否定しているサインである。東電OLが「理想の東電エリート社員」を塗りつぶし、夜ごと売春のため円山町で立ちんぼしたのと同様に。Tさんは自らを罰する目的で、自我を塗りつぶしていた。

一見したところ、東電OLが自我の解放、Tさんが自我の抑圧と見えるかもしれない。しかし私は、両者は表裏一体であると考える。白か黒かの差だけなのだ。根底にあるのは「失敗した自分を塗りつぶしたい」という欲求である。「あれは本来の私じゃない!」という自己否定であり、承認欲求に餓える魂の叫びなのだ。

Tさんは自分の存在価値を、どこにいても見いだせない。

普通に親の愛を「承認」し、実感してきた子供であれば気楽に考えられたのだろう。

「慶応には入学できたんだし、まっ、いいか」と、さっさと自分の人生を歩き始めたのかもしれない。
しかしTさんは、そもそも自分の存在価値というものを、幼児期から獲得できていない。それを得ようと必死で新しいステージに登ったはずなのに、今にもステージの縁から突き落とされようとしている。

 

私にはTさんの絶望が、ぼんやりとだが見える気がした。それはまるでホラー映画のナイトメアを切り取ったかのような。迫りくる化け物を振り切って、必死で逃げて、逃げて、逃げて   。ようやく暗い森の木々を枝をかき分け、茂みの向こうに身体ひとつぶん抜けられる光の穴を見つけた。もがきならが這い出して、「助かった……!」と明るさのなかで安堵の涙を一粒流したところで、真上から、さらに強力な化け物が、笑いながら落ちてきた。

      !!」

その絶望はいかほどだったのか。

 

教えてください。両親の自慢となるべく、愛される娘となるべく、私はつぎに何をしたらよいのでしょう   

Tさんは、「両親に認められる」ことや「両親の自慢」となることが存在価値ではない、という根本的な事実に気づいていない。そしてその手段である「他者から評価される美しさ」や「司法試験合格」もまた存在価値ではない、ということにも気づいていないのだ。

愛される「手段」などないということに、多くの人もまた、気づいていない。

 

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