無性の恋愛~あなたの周りに潜む東電OL予備軍⑤


無性の恋愛~あなたの周りに潜む東電OL予備軍

 

前々から思っていたことだが、東電OLはきれいな女性である。

現存する写真は少ないが、派手派手しい美しさというより、知的で品の良い、目鼻立ちの整った楚々とした美人だというのが私の印象だ。実際、彼女の売春顧客の一人も「ロミ山田に似た美人」だと語っている。

百回もの密会を重ねた、会社経営の常連客I田氏などは、自分のほうから泰子をナンパした事実を週刊誌の手記によせている。

「私が彼女と会ったのは九二年十月三十日のことでした。夜八時過ぎ、渋谷の駅前をぶらぶら歩いていたとき、彼女と鉢合わせしたのです。背は高くてスタイルはいいし、五十すぎの私から見ればずっと若くて魅力的でしたから、思わず声をかけて食事に誘いました。そうしたら向こうから『ホテルに行こう』と誘われたのです」

彼は最初、二万円の金をわたすことも、恋人にこづかいを渡す程度に考えていた。泰子を売春婦とは思わず、男女のつきあいだと信じていた。
やがて泰子のハンドバックのなかに数十種類のコンドームを見つけたことから、商売をしているのではないかと疑いを抱く。彼は真実をつきとめようとやっきになり、彼女を追跡したりもした。

「嫉妬といわれればそれまでですが」
私が国会図書館でコピーしてきた当時の週刊誌のなかで、I田氏はそう語っている。

 

東電OLを調べていくと必ず目につくのが、「容姿コンプレックス」「女としての価値や承認を得たくて売春していた」という男性の意見である。このような意見を目にするたび、男性の想像力はその程度かと失笑するのだが。

私は少なくとも、東電OLに容姿コンプレックはなかったと考えている。

彼女が入社した一九八〇年当時はまだ、求人広告に「容姿端麗な女性求む」と、堂々と書かれていた時代だ。古くさい男社会が幅をきかす大企業の中で、「亡き父親が東電社員だったから」「優秀だから」という理由だけで、泰子が東電に引き抜かれたとは考え難い。
むしろ容姿が悪くなかったからこそ、才色兼備な東電女性総合職第一期の「顔」として、売り込む価値ありと目をつけられ、その事実がいっそう働く女性として泰子を苦しめる種となったのではないか。

拒食症になった後でさえ、はたから見れば骨格標本のようにガリガリに痩せた体型も、泰子本人は「これが美しい」と考えていたと思われる。

なぜなら拒食症患者の意識というのはそういうものだからだ。客観的視点を持てず、「まだ太ってる」「まだまだ自分はここが太い」など、膨らんで映るマジックミラーのように、無意識に自身の姿を醜く変換してしまうのだ。

むしろ「売春という仕事のために、自分はより美しく細くならなければいけない」「それがプロ意識というもの」と、摂食障害をエスカレートさせていったともいえるだろう。

 

『東電OL殺人事件』(新潮社)によれば、学生時代、彼女に恋愛の影は見当たらない。泰子はいつもシャツのボタンをきっちりと上まで締めて、およそ女性性を売りものにする「媚び」とは程遠かった。

それでも彼女は、女性として人目を引く容貌を持っていた。

実際、大学時代には、泰子に好意を寄せていた男子学生もいたらしい。
当時を語るその男性は、すでに摂食障害のはじまっていた泰子のことを「痩せすぎていたので自分の好みではなかったが」と言いつつも、自分の友人は泰子をかわいいと言い、何度も電話してアプローチしたと語った。「しかし彼女のほうが全然その気にならず、付き合うまでには至らなかった」という話だ。

そのようなエピソードも残っているほどであるから、東電OLは決して容姿に自信がなかったわけではない。むしろ男性から誘いを受ける美しい女性だった。

大学時代のゼミコンパでも、浮ついた行動はまったく見せなかった。酔った男子学生が酒の勢いで女子学生を「こっちこっち」と隣の席に誘っても、泰子は頑として近づかなかったし、男子学生がふざけて肩に手をかけると、バシッと強く振り払ったという。自分に女性としての自信がある程度なければ、そのような対応はできない。

 

ゼミの会合が遅くなった日などは男子学生が心配し、「送っていく」と言っても泰子は断固として拒否した。男性と二人きりになるということ自体を避けた。
「私は男子学生と一緒に喫茶店に行くこともしない。そういうことはステディな関係を認めることになるから、私は一対一では絶対に受けないの」
そのように知人に話していたという。

なかなかにガードが堅い。古風できちんとした良い家庭のお嬢さん、という印象を与える学生時代である。泰子の時代では、それも際立ってめずらしいことではなかったのかもしれないが。

それがなぜ   。破壊前と破壊後のギャップが大きすぎるからこそ、東電OLは今でもその闇の濃さが薄れないのだ。

 

いずれにしても泰子は、能力も容姿も、男性に媚びる必要のないハイスペックを備えていた。だからこそ東電でも男社会におもねることをせず、ゆえに冷遇を受けたとも推測される。
なぜなら日本企業の男性の多くは、容姿端麗で優秀な女性が、性的な媚びを売らず自分に従わないことに、異常な恐怖心を覚えるから。
彼らは「男に媚びない美しい女性」を、頑ななまでに引き立てようとはしないのだ。

現に東電は、東大卒をおくびにも出さず制服着用し、お茶くみに精を出したという従順な組織型女子社員をハーバードに送り出している。
女性が自我を持つことを歓迎しないのは、「男という鎧」が、ダブルダメージを恐れるからか。
まず人としての能力面で負けることを恐れ、つぎに男性として拒否されることで性的コンプレックスに傷がつくことを恐れる。男性が二重のコンプレックスを、本能的に回避したがるからかもしれない。

私は当時の東電内部における、そのあたりの「空気感」は、十分には外部者に伝わらなかったと思うのだが、実際はどうだろうか。

男性社会に媚びることをよしとしない、優秀かつ端麗な東電OL。
そのような彼女がなぜ自らの体を商品化したのか。
東電OLは、一日四人という売春ノルマをきっちりとこなしてから、必ず終電で帰宅していた。

 

.。*゚+.*.。+..。*゚.。*゚+.*.。+..。*゚+.。*゚+.*.。+..。*゚+.。*゚+.*.。+..。*゚+
(平成28年10月上旬 発売)
Kindle版 ¥999 ↓ ↓ ↓ ↓ ↓
「あなたの周りに潜む東電OL予備軍」 有馬珠子

toden-1

 

「あなたの周りに潜む東電OL予備軍」 有馬珠子