気配りのある仕事はよい仕事


池波正太郎の「男の作法」という本を知っているだろうか。作法について、結構うるさく細かく、書かれている。

「イチゲンの寿司屋に行くときは、常連さんに遠慮して、カウンターでなくテーブル席で一人前を頼む」
「トロはもとが高いから店の利益はあまり出ない。だからふたつめを頼むときは『もうひとつ食べたいんだけどいいかね』と、ひとこと断る」
「てんぷらはすぐに食べないと、店の主人が油の加減を待たなくてはならない。だから、おしゃべりなんかしてないで、揚げるそばからかぶりつくように次々食べる」

「うるさいよ。せっかくの楽しい外食なのに気が張る」 と思われるだろうか。
それもわかる。そうかもしれない。
しかし氏の言わんとすることは、「気配り、思いやり、相手の立場に立つ大切さ」なのかと思い、見方を変えて読むようにした。

 

「気配り」という点で、ふと思い出したエピソードがある。

わたしの父親は、地元企業の代表取締役を務めた。
社長になったのは私が大学に入り家を出た後だったので、子供の頃は、まったく普通のサラリーマン家庭だったが。

その父が、数年前に会社の慰安旅行で温泉旅館に泊まったときのこと。
料理も酒もひととおり出尽くし、やれ宴もお開きという頃合で、それぞれが重い腰をあげて部屋に戻ろうとしたその時。
給仕を補佐していた女将が、封を切ったばかりでたっぷりと残っているウイスキーのビンを、さっと紙で包み、父に押し付けたそうだ。
「大切な会社のお金で飲まれているお酒でしょう。どうぞお持ち帰りください」と。

酒飲みであれば、宴席で残ったお酒は気になるもの。
しかし周囲の手前、ましてや大の男が、自分から持ち帰るなどそんなケチなことはできない……との男衆の心中を見越しての、女将の気配りだ。

「実際に苦労していなければ、とっさにああいう行動は取れない」
と、父はぽつりと言った。

父は大学卒業後、東京で大手企業に就職し、辣腕をふるっていたけれど、母と結婚するため田舎に戻ってきたらしい。
「らしい」というのは、私は父親とは距離をおき、あまり話もせず、ましてや彼の経歴などといったことは興味もなく聞く機会もなかったので、真偽を確認できぬまま今に至っているからだが。

しかしそのときばかりは、父を父としてではなく、一個の人間として労を謝す気持ちになったのだ。

「都落ちした」ともとられる中途入社の環境の中、世襲制でない会社の権力競争に揉まれ、最終的にトップに就くのは、決して平坦な道程ではなかったろう。
苦労してきた人間だからこそ、他人のちょっとした気配り言動から、相手の苦労も見えたのだと思う。

各自が仕事の中で、相手の気持ちを量る気配りを生かせたら。胸を張って「よい仕事をした」と思える人が増えたなら。今より少し、よい社会になるのかもしれない。

他人の苦労が見えた父を見て、「この人にはこの人なりの苦労もあったのだ」と思うと、少し鼻の奥がツンとした。
そんな娘のお話。