東電OLセミナー資料①


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「働く人のセーフティネット」セミナー

平成26年12月20日  講師 有馬珠子

<事件概要>
1997年(平成9年)渋谷区円山町にあるアパート喜寿壮の1階空室で、東京電力東京本店に勤務する渡辺泰子(当時39歳)の遺体が発見された。死因は絞殺。

警視庁は、不法滞在(オーバーステイ)していたネパール人のゴビンダ・プラサド・マイナリ(当時30歳)を殺人事件の実行犯として強盗殺人容疑で逮捕した。ゴビンダ氏は被害者・渡辺泰子が生前に売春した客の一人でもあった。逮捕されたゴビンダは捜査段階から一貫して無実を主張し、一審無罪、控訴審での逆転有罪、上告棄却、再審決定を経て、2012年に無罪が確定した。
周囲を驚かせたのは、被害者女性は、慶應義塾大学経済学部を卒業した後、東京電力に初の女性総合職として入社したれっきとしたエリート社員(未婚)であったが、後の捜査で、退勤後は円山町付近の路上で客を勧誘し売春を行っていた二重生活が判明したからだ。警察の見立ては、売春相手の客との金銭交渉トラブルで殺されたという筋で、調査された。
被害者が、昼間は大企業の幹部社員、夜は路上で客をひく売春婦と、全く別の顔を持っていたことがマスコミによって取り上げられ、被害者および家族のプライバシーをめぐり、議論が喚起された。

背景>
・父親が東大卒、母親は名家出身で日本女子大卒、妹は東京女子大卒、泰子は慶応女子高から慶応経済学部に進学した高学歴家族。
・女性としては初の東京電力総合職の地位に就く。生きていれば現在57歳。
・父親も東電社員であったが、泰子が大学二年、20歳のときに役員一歩手前にして癌で病死。
・泰子は父親を敬愛し、父親も泰子を溺愛していた。幼い頃から父の期待に応える優秀な娘だったという。父と同じ東京電力に入社したときも、「父の名に恥じることのないよう頑張ります」と述べている。

時系列>
1957年 生誕
1973年 16歳 慶応女子高入学
1976年 19歳 慶應義塾大学経済学部入学
1978年 20歳・敬愛していた父親をなくす。それをひきがねに拒食症に。
1980年 23歳・東京電力入社
1985年 28歳・社内ハーバード留学選抜で、同期入社の東大卒のライバル女性が選ばれる
1986年 29歳・東大卒のライバル女性渡米。これと同時期、泰子は拒食症で入院
1986年 29歳・経済論壇への登龍門といわれる高松亀吉賞の佳作を受賞。
1988年 31歳・別会社に出向を命じられる。
1989年 32歳・夜のクラブホステスや風俗を始める。
1991年 34歳・渋谷界隈で体を売るフリーの売春婦になる。
1991年 34歳・出向を終えて東電に戻る。企画部経済調査室副長という要職に就く
1997年 39歳・死亡

<奇妙な行動>
・円山町の「白塗り妖怪」と呼ばれる。会社を出ると渋谷の109トイレで着替え、売春用の厚化粧に塗り直し、長髪のかつらをかぶり、ベージュのコート・肩には革のショルダーバッグという決まったいでたちを固守。
・ホテルのベッドで排便したり路上で放尿するなど、奇行で出入り禁止になったことも
・摂食障害を患っており、殺された当時は骨と皮だけの骨格標本のようだった。
・売春後、必ず終電電車で実家に帰宅していた。電車の車内でむさぼるようにコンビニおでんをすするなど奇異な行動が目立った。おでんはいつもこんにゃく、しらたき等、ローカロリー。
・経済的理由から売春していたのではない。東電管理職当時、泰子の年収は一千万以上であった。
・彼女の残した克明な売春手帳記録によると、一回2千円、3千円の記述もある。ホテル代がない外国人出稼ぎ労働者には、駐車場ですませたこともあった。金額よりも人数ノルマにこだわっていた。
・「逆両替」に固執していた。ビール中ビンの空き瓶を酒屋に持参し、五円、十円とたまると百円玉に、百円がたまると千円に替える。
・一日四人という過酷なノルマを達成し、井之頭線神泉駅から自宅の西永福まで、毎日終電できっちりと帰宅していた。翌朝は、毎日時間通りきちんと出社していた。
・母親も妹も、泰子の売春行為を知っていた。

<男性の見立て>
・未婚で仕事に没頭したキャリアウーマン。女性としての幸せを手に入れられず、朽ちていく自分が女として許せなかった。女としての解放。佐野真一などはもっと深く考察している。

<その他専門家の見立て>
・強迫観念症(不合理な行為や思考を自分の意に反して反復してしまう精神疾患の一種である。ばい菌がついているという思いこみから何度も手を洗ったり、トイレに入る前はスリッパを必ず同一に置き、四方の壁を触ってからでないと用をたせないなど、儀式的なルールに縛られる。
・インナーマザー症候群
・エレクトラ・コンプレックス(女児が父親に対して強い独占欲的な愛情を抱き、母親に対して強い対抗意識を燃やす状態を指す。実際、売春行為の事実を母親につきつけて復讐していた)
・父のむすめ(男社会に取り込まれ、男社会で評価されることをよしとする娘。それ以外の価値を構築できない)

<私の見立て>
①「お父さんの名に恥じぬよう」という自らの描いた出世コースが実現されなかったとき、物事をきっちりとこなす生真面目な泰子のプランが軌道からそれたとき、自己破壊への扉が開いた。

② 仕事に全力を賭けたが「男社会」の壁は厚く、ストレスの中で徐々に神経を摩耗させ拒食症になっていった。父の代わりになれなかった自分を戒めるため、売春して自分を罰し始めた。

③「売春」という行為は男社会への従属であると同時に、性欲に支配される男性性を見下す行為。自分でも説明不可能な、両極端ともいえるアンビバレンツな感情に耽溺していったのでは。

④「父と自分」のチーム性。名家出身の母親は、夫を侮蔑するような発言を常日頃していたという。「母と母親似の妹」という女性チームへのあてつけのため、みずからの女性性を汚していたのか。

⑤ 自分を評価してくれなかった大企業東電とは別の「仕事」を作り出し、過酷なノルマを達成することで、自己が評価されなかった帳尻をあわせようとした。

⑥ 緩慢な自殺。精神的自傷行為。その意味でいうなら、彼女は殺されることで目的を達した。

⑦その他、いずれ書籍で。

<類似ケースМさん>
・父親が東大卒、大手企業の幹部。母親は有名女子大卒の美女。お姉さんはかわいらしく朗らかな性格で、有名私立中等部から大学までをエスカレーターで卒業。Мさんは中等部から慶応。慶應義塾大学経済学部を卒業。
・親の愛がすべて、明るくてかわいい姉に注がれていると感じていた。その原因は自分が美しくもないし良い子でもないからだと、自責の念にかられていた。(実際は端正な顔立ちだった)
・在学中に摂食障害にかかり、30キロ近くまで体重が落ちる。痩せたことで親の心配(愛情)を得られるという快感を覚え、拒食症が嗜癖になったと思われる。
・「親にとって自慢の良い子になる」ための手段として司法試験に専念。弁護士になり何かをしたいというのが目的ではない。

<根本的な解決法>
・女性の社会進出があたりまえの世の中になった。しかしこのことで、女性の幸せ・自己実現にはダブルスタンダードが生まれた。
(1)仕事での成功と、
(2)恋愛・結婚・出産など女としての成功と。
この両方をバランスよく手に入れた女性のみが「真の成功者」という称号を贈られている。社会の無言の押しつけ。
・自分の価値を他人に委ねない。(泰子は父親→会社へと、つねに他者に価値判断を委ねていた)
・自分の主人は自分である。
・「社会が、他人が決めた幸福像」にまどわされないことが大切。
・「自分にとって何が幸せか」は、自分が決めること。
・もう一度自分の「心の声」「真の欲求」と向き合うことが大事。本当の自己実現は何か。他者の価値観を自らの自己実現にすり替えられてはいないか。自分と会話できているか。
→渡辺泰子氏の場合・・・「父親の喜ぶ優秀な娘」「父の代わりに父のいた会社でバリバリ出世する大企業の優秀な社員」
→Мさんの場合・・・・「親に愛される優等生で自慢の娘」

<結論 自己治癒力>
・存在価値を他者に委ねない
・肩書や性的評価など、俗物的な一側面の価値観に流されない。意味がないことと知る。自分の価値を自分で決める強さをもつこと。
・「性・女性」であることに苦しむならば、「人間・女性」へのシフトを試みる。
・心の出家。(恋愛も結婚もするなということではない。性の見方というのは結局半分だけの見方。半分だけの性からまるごとの個へとシフトしたとき、自分が楽になれる。ありのままの自分が見えてくる。

<参考資料>
「東電OL殺人事件」 佐野眞一(新潮文庫)
「東電OL症候群」 佐野眞一(新潮文庫)
「穴があったら落っこちたい」 中村うさぎ(角川文庫)
「女という病」 中村うさぎ(新潮文庫)
「愚者の道」 中村うさぎ(角川文庫)
「私という病」 中村うさぎ(新潮文庫)
「グロテスク」 桐野夏生(文藝春秋)
「誰が私を殺したの~三大未解決殺人事件の迷宮」 朝倉喬司(恒文社
「女ぎらい — ニッポンのミソジニー」 上野千鶴子(紀伊国屋書店)
「空室」 柴田千晶(ミッドナイト・プレス)
「あなたの心が壊れるとき」 高橋龍太郎(扶桑社)

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