拒食症~あなたの周りに潜む東電OL予備軍③


 拒食症~あなたの周りに潜む東電OL予備軍

知っている人にとっては今更の話であるが、東電OL・渡邊泰子は拒食症だった。
摂食障害の症状が始まったのは、彼女が大学生のとき。敬愛する父親を亡くしたことがきっかけだったと言われている。

 
佐野眞一氏のノンフィクション『東電OL症候群』(新潮社)によれば、彼女はもともと食が細かったが、その後東電に入社し、日本リサーチ総合研究所に出向した三一歳以降は病的なまでに少食になっていた。
お昼はいつも、小さな器に入ったサラダだけ、別の日はクッキー一枚だけという簡単なものだった。職場の女性がそれでたりるのかとたずねると「食べられない、太っちゃう」と答えた。夜は何を食べているのか聞くと、「刺身を二、三枚」ということだった。

会社外での会議のときも、昼食はクリームパフェなどデザート系のものを食べていた。彼女がしっかりとした食事をとっている姿はほとんど見られていない。

しかし知能派の仕事をこなすにはやはり脳の糖分は必要だ。東電OLの就業中の糖分摂取方法は、インスタントコーヒーをスプーン三杯とたっぷりの砂糖をわずかなお湯で溶いてドロドロにした、トルキッシュコーヒーのような奇妙な飲み物を作り、デスクで飲んでいたという。

 

三年間の出向期間を終え東京に戻った彼女は、渋谷の円山町で売春を始める。一日四人の客をとるというノルマを達成し、その後は必ず終電電車で実家に帰宅していた。
電車内では、コンビニおでんをむさぼるようにすする奇異な行動が目撃されている。おそらくこれが夕飯だったのだろう。おでんはいつもこんにゃく、しらたき等、ローカロリーなものばかりを頼み、店員に「つゆをたっぷりね」と注文していた。

彼女が死体で発見されたとき、その身体は骨が浮き出るほどにやせ衰えて、理科室の骨格標本のようだったという。

 

右記は私にとって、後づけの知識だ。
事件当時の私は、東電OLが何者かも知らなかったし、彼女が拒食症だったという事実も知らなかった。ただ「すごい経歴の女性キャリアが殺害され、犯人(ホシ)をたどっていったら女性キャリアの裏の顔が明らかになった」というTVワイドショーの報じる情報が、なんとなく耳に入ってきた記憶があるというくらいだった。

 

さて、予備校の彼女の話に戻ろう。黒ずくめ厚塗りメイクの女性の名は、Tさんといった。

私たちは自己紹介を交わし、そこで私はさしたる思惑もなく彼女の和風弁当を褒めた。Tさんの弁当は、白米、焼き鮭、海苔、梅干し、青菜というシンプルなものだった。

「ベーシックなお弁当っていいですよね。私一人暮らしだし、自分ではお弁当って作らないから。おいしそう」

するとTさんは黒目がちの瞳でじっと私を見つめて言った。子供のような目だった。
「おいしいかどうかって、私にはあまり関係ないんですよ。私にとって食べることというのは、義務のようなものだから。あのね、私じつは拒食症になってしまって、いっとき体重が三十キロ近くまで落ちてしまったの」

Tさんは少し癖のある丁寧な話し方で、いきなり自分の暗部を語った。Tさんはぱっと目にも背が高いほうで、160センチ以上あった。

 

私は今でもときどき、Tさんのお弁当が鮮やかに目に蘇る。
判で押したように毎回同じお弁当。小さめの弁当箱にぎちぎちに極限まで詰めた白米。その上の海苔と、梅干しと、焼き鮭と、ほうれん草炒め。おかずは素材をふっくらとおいしく食べるために盛り付けるなどの工夫はなく、鮭は白米の上に儀式のようにぺったりと貼り付けられて横たわっていた。ほうれん草も片隅に狭くきっちりと寄せ、それらすべてを弁当箱の蓋でつぶし、押し詰めていた。

食事を楽しむためでなく、ただ生命を生かすための供物として捧げられる悲しい聖餐。ほかの人の手にかかるとおいしそうなピンク色の鮭も、Tさんの前では、ただただ、虚無への生け贄としてささげられた、無味な死肉としか見えなかった。

 

私はTさんのいきなりの拒食症告白に驚いた。しかしそれは「拒食症だったこと」に驚いたわけではなく、一度会ったきりの赤の他人にいきなり拒食症だった過去を告白するという、彼女の無防備さに驚いたのだった。

 

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