内閣官房「キャラ弁」紹介


最近、知人の熱い効果説明に揺らぎ、ついにココナッツオイルを購入してしまいました。

ココナッツオイルは他の油と違って体に蓄積されず、脂肪をすぐに燃焼させエネルギーに変えてくれるらしいのです。しかもオイルの中鎖脂肪酸は、既に付いてしまった脂肪すらも巻き込んで燃焼してくれるというからありがたい一品です。

料理に使うとタイカレーのような味になるのかと思いきや、さわやかで奥深い風味が出て、ココナッツ臭は感じません。チャイやコーヒーに入れても美味しくて、たいそう重宝しています。

 

オイルつながりで恐縮ですが、最近、「酸化油」と「潤滑油」に例えて、セクハラの説明をすることが増えています。

言葉は悪いのですが、わかりやすくご理解いただくためご容赦ください。

旧思想にしがみついたまま、いつまでたっても女性を「性存在」としてしか扱えない男性というのは、社会の健康な運営を阻害する「酸化油」のような役割を担っていると思うのです。

一方、「潤滑油」とは、女性を「性」でなく対等な「人間」としての目線で接し、会社の人間関係をなめらかにスムーズにまわすことができる、職場環境改善のキーパーソンたる役割の例えです。

 

本書出版より少し前のことになりますが、内閣官房の公式Twitterが「キャラ弁」を紹介して話題を呼びました。

その内容はといえば、「キャラ弁」制作で有名な女性が書いた記事にリンクを張り、「女性応援ブログ」の枕詞をつけたというものです。

「朝起きるのが辛い日も作るのが億劫な日もある。それでも〇〇さんが毎日早起きをしてキャラ弁を作れる理由とは?」と書きました。これを外務省IT広報室もリツイートいたしました。

たいへん恐縮ですが、私は「酸化油」男性の典型例だと失笑しました。しかし問題は一点だけでなく、さまざまな点に波及していることに気がついたのです。

 

まず説明するまでもありませんが、基本のキなので一応書いておきます。

「素敵なお弁当をつくるお母さん」イコール「輝く女性」イコール「賞賛の対象」、という発想がもう、ズレにズレています。酸化油どころか、発酵して糸をひいていますね。

日本の多くの男性が、いつまでたっても「女性=お料理=母性」の理想から脱却できないのはなぜでしょうか。この性別役割分担の押しつけが、女性にとって不愉快だという疑念すら抱かないのは、たいへん不思議です。

あたたかくもてなしてもらうのは、女性も同じくらい好きです。疲れて帰ってきたところに、シェフ顔負けの美味しいお料理がズラリと並んでいたら、誰でもうれしいでしょう。

しかし私はそれを、男性に押しつけようとは思いません。やるべきことが他にあったら、男性も女性も、料理に手がまわらなくて当たり前。手の空いたほうが、できるときにできる範囲でやればよいことです。

 

きちんとした料理や凝ったお弁当を作る女性は、たしかにすごいです。しかしそれを「輝く女性応援」のツールとして利用することには、奇妙な違和感を覚えます。

キャラ弁を作ったご本人も、「??」と戸惑いを感じているのではないでしょうか。

「輝く女性として活用(利用)され、推奨されるために作っているわけじゃないんだけど……」

キャラ弁を作る女性は、もともと料理が上手であることに加え、細かい手作業やクリエイティブな創作活動が得意で、なにより子供の喜ぶ顔が見たくて、それを励みに一生懸命作っているように感じます。

件(くだん)の女性のブログをのぞくと、キャラ弁だけでなく、ケーキやお菓子類も素晴らしく、どれも見るものの目を楽しませてくれます。

これはこれで、この女性個人の「秀でた趣味」として受け止めればよいことだと思うのですが。魚拓のように。

 

キャラ弁に関しては、栄養価の面や、「食材をあれこれいじりまわすのは不潔」という意見も聞きます。ある意味、そういうものかもしれません。私も礼賛派とはいいかねます。

しかし一日のうちの一食ですし、子供が喜んでおいしく食べてくれるのなら、素敵な思い出として残るし、それもいいのではないでしょうか。何より、凝ったお弁当を作るも作らないも個人の自由ですから。

料理が得意な人は、思い切り得意分野で力を発揮すればよいことです。得意なことをアピールするのは素晴らしいし、発表の場があればモチベーションもあがるでしょう。

しかしそれを、「母親の理想・女性の理想」として政府が持ち上げ、ズレた「酸化油オヤジ」視点から勝手にカテゴライズし、しゃしゃり出て、広告塔として利用することに問題があるのです。

それは事態を奇妙にゆがめ、働く女性たちに違和感を与えてしまいました。

 

政府要人といえども、個人的にキャラ弁のすごさに感激するのは自由です。

しかし自らの立場と発信力の影響を考慮せず、キャラ弁女性を「輝く女性応援会議」からリンクを張り利用することは、やはり思慮に欠けた浅はかな選択といわざるをえません。

とにもかくにも、「輝く女性」へのスポットの当て方が見当違い。
これこそが「酸化油」男性の典型的な発想なのですが。

仮に、ほんとうに輝く女性を応援したいのならば、「共働き我が家の、カンペキフェアな家事分担エブリデイ」ブログでも見つけて、リンクを貼っていただけますでしょうか。

 

さらに私が危惧したのは、女性の怒りの矛先がキャラ弁女性にむくことです。

今回の内閣官房の投稿に、「多くの母親に多大なプレッシャーがかかる」「微塵も元気が出ない」という反応が広がっているらしいのです。日本政府が「朝つらくてもいそがしくても家族のためにキャラ弁をつくる母親」を理想の母親であるかのように礼賛したことが、女性の反発をあおったようですね。

毎日いっぱいいっぱい、必死に仕事も子育てもしている女性たちが、「これこそ模範」と凝った弁当を押しつけられ、不満を抱いた心情は想像できます。

「こっちは仕事も子育ても必死で頑張っているのに、これ以上、こんなことまでやれっていうの? 私はまだまだの母親なの?!」

この気持ちもわからなくはありません。しかし間違えないでいただきたいのです。

侮蔑の矛先を向けるべきは、的はずれなスポットの当て方をした「酸化油オヤジ思考」であり、「好きなことを誰にも迷惑かけずにコツコツ楽しんでいる女性」ではないということです。

ましてやこれが原因で、キャラ弁を持参する子供がいじめられるなどという事態は、あってはならないことです。

よそはよそ、うちはうちなので、その家庭にとって無理のない、少しでも楽しくラクにこなせるお弁当作りのペースがつかめればそれが一番でしょう。

 

もうひとつ、今回の騒動で昔のことを思い出したので書き添えておきます。

かなり昔、まだ「キャラ弁」という言葉もなかった頃、同じように凝ったお弁当をつくる知人がいました。

彼女は仕事を持たない専業主婦でしたが、じつはあまり料理が得意ではありませんでした。しかし一度凝ったお弁当を作ってみたところ、「子供が喜んでくれた」ことや、「幼稚園で先生や皆がほめてくれて翌日も期待された」ことから、やめられなくなってしまったということです。

スマホもなかった時代、彼女は毎日お弁当を写真に撮ってアルバムにしていました。同じようなお弁当を一カ月は作らないよう、厳しく自分を律するためです。

「ノイローゼになりそうよ。毎日ゴマを見るたび、くまさんやアニメキャラの目に見えてくるの」

彼女は顔をゆがめて、そう言いました。

何事も、頑張りすぎはよくないでしょう。

好きで作っているならともかく、他人の目を気にしてまで頑張ることではありません。

特に日本人は、「他人の期待に応えよう」とする「完璧主義のいい子」として育てられ、限界まで無理をしてしまうタイプが多いように見受けます。

もし今、「後に引けず」に悶々としながら、凝ったお弁当作りを毎日続けているお母さんがいらっしゃるのでしたら、むしろこの珍事を利用して、少し楽をしてほしいなと思います。

「私は喜んでくれる人のためにやっているの。輝く女性として活用されるためにやっているわけじゃないもの。そう思われるの嫌だから、ちょっとボイコットするわ」

そう言って、お弁当にスーパーのお惣菜や、夕べの残り物でも詰めてみてはいかがでしょうか。

その空いた時間、ココナッツオイル入りのチャイでも飲んで、DVDでも見ながらゆっくり身体を休めていただきたいと思います。ココナッツオイルが脂肪と一緒に、お母さんのストレスも燃焼させてくれるとうれしいのですが。