「確証バイアス」~セクハラ発生の原因


なぜセクハラが減少しないのでしょうか。

原因のひとつとして、男性が「性・女性」と「人間・女性」を区別できていないことに起因します。このダブルスタンダードを男性が見分けるのは、なかなかにむずかしいようですね。「性・女性」を「性・女性」として扱うことは、さほど問題ではないのです。摩擦が少なく、トラブルにも発展しにくい。

しかし注意しなければならないのは、「人間・女性」です。

「人間・女性」を「性・女性」として扱ったとき、そこから発生する摩擦は大きく、女性に不快感を与え、トラブルに発展します。そこが会社であった場合はセクシュアルハラスメント問題となってしまうのです。

 

では、なぜ男性は、「性・女性」と「人間・女性」を区別できないのでしょうか。

なぜならば両者は、さほど変わらない外観をしているからです。

「人間・女性」の外見は、いわゆる普通の女性です。「フェミニズム運動推進中!」のたすきをかけているわけでもなければ、「性・女性、一切拒否!」のような、全身黒づくめの男性用スーツを着ているわけでもない。スポーツ刈りにしているわけでもありません。たいてい皆、普通に女性としてソフトな容姿をしています。

ビジュアルはきれいで柔和な、普通の女性たちなのです。色白で小柄でメイクは上手、笑顔もかわいらしく、あるいはすらりとスタイルがよく、明るいカラーのふんわりとした巻髪をのばし、ジェルネイルは美しく、ファッションも流行を取り入れおしゃれで、女性として華やかでとても魅力的です。

だからといって、中身が「性・女性」とは限りません。美しくあっても、「性的に見られるのが嫌」という女性は多数存在します。

 

ところが非常に多くの男性は「女性的なビジュアル」に惑わされ、視覚からはいるイメージにより、脳が自動的に「人間・女性」を「性・女性」にカテゴライズし、性的対象として軽んじて扱い、それを女性が許容してくれると思い込み、逆鱗にふれる言動をとってしまうようなのです。

これを「確証バイアス」といいます。「確証バイアス」とは、社会心理学における用語で、個人の先入観に基づいて他者を観察し、自分に都合のいい情報だけを集めて、それにより自己の先入観を補強するという現象です。(出所:Wikipedia)

 

・「世間で言われているセクハラは、一部のフェミニストだけが叫んでいるものだろう。自分の職場の女性は「〇子ちゃん」と呼ばれることも、外見をほめらることも、不快に思っていないだろう」

・「小柄で色白な、巻き髪もかわいらしい新入社員Nは、いつもニコニコ接してくれるから、自分に好意があるのだろう」

・「若くてメイクバッチリのファッショナブルな今時の若者(あるいはサバサバした態度の三十代女性部下)は、性的な会話にフランクだろう」

・「いつも礼儀正しくて従順、言い返したことのないおとなしい女性部下は、少しくらい性的なジョークを言っても許容してくれるだろう」

・「美人部下のMは仕事でいつも俺に頼り、手助けすると尊敬のまなざしを向けるから、きっと恋に発展しているのだろう」

・「会社におしゃれしてくるのは、俺や男性社員に見せたいからだろう」

・「この程度のことは、セクハラとして問題にならないだろう」

 

このように、おそらくご自分の「希望的観測」がはいりこんでしまうのではないでしょうか。この単純直結思考をどうにかしなければ、永遠に女性というものを理解することはできないでしょう。「女性的なビジュアル」「柔和な態度」 = 性的ジョークを楽しんで受け流してくれる「性・女性」   ではありません。

ここをはき違えないでいただきたいのです。この部分をはっきり意識しないとセクハラは一向に減らないのです。

残念ながら、世の中はそれほど甘くありません。「希望」と「現実」は必ずしも一致しない。このことに気づかなければ、男女の相互理解はありえないのです。

 

ちなみに、私の知人に北川景子似のたいへんな美女がいるのですが、彼女は自分にデレデレと鼻の下をのばす男性たちを見て、陰で私に「あいつらの目、みんなフシ穴だぜ!」と毒づいていました。そして鼻の下をのばすモノマネをしてから豪快に鼻をかみ、メンソレータムリップを唇に塗った後、それを荒れた鼻の下にもぬりたくっていました。

現実はこんなものです。

表面上の女性らしさや美しさ、かわいらしさに踊らされて、中身も「性的な女性」だと理想化しないほうがよい、ということです。

 

これは私の経験ですが、周囲の「人間・女性」の友人たちを見て思うことは、能力のある女性は美しい人が多いです。まさに「才色兼備」という言葉がぴったりの。自分を磨くから美しいのか、知性が表に滲み出るから美しいのかわかりませんが、女性として華やかで、かつ知的で優秀でセンスの良い女性は、ほんとうに「人間・女性」の中に多いように感じます。

しかし彼女たちは同時に、「性・女性」という男性視点のボールを、職場でバンバンぶつけられ疲弊しているのです。彼女たちがストレスフリーで、仕事能力全開で力を発揮したなら、いったいどれほど生産性があがるのでしょうか。

私が男性の皆さんに申し上げられるのは、「魂を研ぎ澄まし、己の心の目を鍛えよ!」ということくらいでしょうか。もちろん、本当にビジュアルと中身が合致している、かわいらしい女性もどこかに存在するとは思います。

しかしあなたが仕事で接している美しい女性の中身は、じつは「きゃー」と驚くような豪傑や、デューク東郷なみの骨太な男性かもしれません。

いつまでもそのことに気づかないと、そのうち会議室の天井からM16をぶっぱなされて、か弱いハートが、狙撃にはかなく散るでしょう。