セクハラの意外なデメリット


セクハラ被害は、「人間・女性」にとっては、とても不愉快でストレスのたまる、尊厳を傷つけられる人格権の侵害です。

性的なからかい、一方的な年齢や容姿のディスり、逆に上から目線の品定め、彼氏の有無、結婚の有無、なぜ子供を産まないのか、今日の服がどうだのメイクがどうだの、〇〇ちゃんと小馬鹿にして呼ばれ、肩や背中や髪をキタナイ手で勝手にベタベタさわられ、過去の恋愛経験や初体験の年齢、性欲の処理をたずねられ、はてはキャバクラ時給に換算され……。

これらはすべて、私の体験した実話です。

「そういう視点しか持てないのですか。かわいそうな人間ですね」

憐れみの目を向ける対象が、決して少なくない日本の現状を、私は残念に思っています。

男性は女性に対し、さまざまな侮辱的セクシュアルハラスメントで攻撃する手段を持っています。女性にとってはハラッサーの一挙手一投足、存在自体が苦痛でたまらないものです。

上記は、男性から女性へおこなわれる、一般的な「セクハラ」です。
ところがこの「普通のセクハラ」から、死角となっているもうひとつのハラスメントが併発しやすいという事実は、意外に看過されています。

異性間のセクハラは、同性間のパワーハラスメントの起爆剤になり得るのです。

なぜなら「人間・女性」にとって不快なセクハラも、性的にみられたい「性・女性」にとっては、自身のセクシーさや、女性としての現役度をはかる勲章ですらあるからです。
「性・女性」の目には、セクハラ被害にあっている「人間・女性」が、うらやましい存在として映ることもあるのです。不快な性的ジョークを言われ、怒りを抑えながらとまどいの苦笑いでかわしている「人間・女性」を見て、彼女達「性・女性」はこう感じます。

「なに、アイツ、男からちやほやされちゃってさ。面白くない。そういえば普段からオトコに色目、使ってるもんね」

セクハラ被害にあっている女性にとっては、まさに踏んだり蹴ったりですね。本来ならば味方になってくれるはずの同性から疎まれて、嫉妬からパワハラを受けるという、ダブルハラスメントの被害に陥るのですから。しかしこれはめずらしいことではなく、実際の人間関係ではよくあるパターンです。

被害者にとってセクハラは心底嫌でたまらない出来事であり、職場で毎日精神をすり減らしています。それなのに「性・女性」からもセクハラを原因として嫉妬され、二次被害を受けるというのは、なんとも面白くない話です。

女性ならばだれもがセクシュアルハラスメント被害者の味方だとは、思わないほうがよいでしょう。

 

私が大学生のとき、学内に教授のセクハラが横行していました。そこで学生部など、周囲にはたらきかけて改善活動をしたことがありました。

当時、複数の男性教授が、驚くべきセクハラを平気で行っていました。

女子学生をちゃんづけで呼ぶ。酒席で「どれどれ、酔っているかな~」などと言い、顔や身体に勝手にさわってくる。「〇子ちゃ~ん!」と言いながら無理やり腕を組んでくる。ニヤニヤ笑い名ながら猥談を話してくる。「〇子ちゃん、僕は君を口説くかもしれないよ……」とささやきながら、顔を近づけてくる。
また、「女は男に従順でいろ。お前達も良き妻になれよ」と、性別役割分担意識を説いてくる。しつこく食事や飲みに誘う……、などのセクハラを、平気で行っていました。

現在の常識では考えられないことですが、二十年前ですと、この程度のセクシュアルハラスメントはまだ日常茶飯事だったのです。ちなみに私の大学は、東京六大学に属する大学で、学部は英米文学学科です。

 

いろいろとアクションを起こした結果、同学部の女性教授が内々に話を聞いてくださることになりました。私はそれを聞き、「改善に協力してもらえる!」と、喜んで、その五十前後の女性教授と面談しました。

今思えば、それは「おなじ女性ならばわかってくれる」という単純な思い込みであり、浅知恵であったと反省しています。しかしなにぶん当時は二十歳そこそこの若さでしたから「女性ならば女性の味方」と頭から信じて疑わなかったのです。

その女性教授は、思えば普段の授業から奇妙なところがありました。

たとえば授業中、雑談をふったときに男子生徒が「うんうん」うなずき同調する様を見ると、まるで少女のようにはしゃぎながら、「ねー、そうでしょぉ?! ぜったいそうだよねぇ~!」とすぐに反応します。しかし女子生徒が同じような態度で同調しても、なぜかノーリアクション。無視してスルーするのです。

 

その当時は私も、明確に区分する「言葉」をもたなかったのですが、その女性教授は、あきらかに「性・女性」でした。

面談の結果は予想していただけるかと思います。

その女性教授は、ねめつけるような嫌な視線で私を上から下まで値踏みするようにジロジロ見て、まるで子供のようにほおをプウーっとふくらませて文句をつけてきたのです。

「ええ~、だってぇ、それっておかしくなぁーい? あたし思うんだけどぉ、××教授がそういう人だっていうことは、みぃんな知ってることでしょおー?!(←みんな、というのはあくまで自分達・教授側が知っている……というだけのことで、対生徒という発想がなく、既につじつまが合っていない)あたしだってぇ、ほかの先生から『その服似合いますね』って言われたことあるけどぉ、ぜぇんぜん気にしないものおー。大体さあー、あなたがそんなこと言いだしたせいで、××教授、大学内でもウワサになって、仕事しづらくなってるよぉー! あなたその責任、どうやってとるつもりなのぉー!」

 

ちなみにこの女性教授は、一応、お茶の水女子大学卒業で海外大学卒業の学位ももつ、インテリジェンスと呼べる肩書の女性です。

嫌な経験でしたが、私のこの経験を現在に生かすとすれば、セクシュアルハラスメント被害に苦しむ女性が、仮に同性に相談してまっこうから否定されたとき、「自分が悪いのかもしれない」と苦しむ必要はないですよ、と伝えられるということでしょうか。

あなたはたまたま、公正な視点をもたない「性・女性」に相談してしまっただけ。あなたの相談したその「性・女性」は、論理的にものごとを考えることができない、またセクシュアルハラスメントに対して正確な知識も持たない、適切な相談相手ではなかった、というだけなのですから。

右は大学内の出来事でしたが、職場でも同様のことが起こり得ます。

 

職場内での分かりやすいシチュエーションでご説明しましょう。

① 若くてかわいい新入社員Aさん(人間・女性)。
② Aさんに性的ジョークやからかいを連発してくる男性上司O部長。
③ それを見ている、年配の女性先輩B(性・女性)。

朝、レースのブラウスを着て出社したAさん。さっそくそれに食いつく上司。

O部長:「Aちゃん、今日の服いいじゃない。普段のそっけない服より、そういう女っぽいほうが僕は好きだな。もっとボタン開けてくれてもいいんだけど」

A:「…………(聞こえないフリ)。」

そのやりとりをB先輩はじっと見ている。

B先輩:「(周囲に人のいないときを狙い)ちょっとAさん、ここ会社だっていうこと、分かってる? 浮ついた服着てこないでよね。さっきもO部長から注意されていたでしょう?! あなたみたいな人がいると、働く女性がみんな迷惑するの! み~んなあなたと違って、真剣に仕事してるんだからね!」

 

上記のような場合、なぜか「性・女性」は男性を非難せず、女性を悪者にしてターゲットにするというのはよくあることです。浮気をされた妻が、浮気をした夫よりも不倫相手の女性に憎しみをぶつけるという心理に似ているのかもしれません。

ちなみにAさんは普段から真剣に仕事をしているし、たまたま着てきたブラウスも普段の服装と少し違うだけで、職場の規格からはずれるようなものではありません。さらにO部長もべつにAさんを注意していたわけではないのですが、B先輩にとってはそんなことはお構いなしです。

Aさんが「セクシュアルに扱われた」事実がくやしくて、何でもよいからAさんの「セクシュアル」さに対し、ケチをつけたいだけなのです。B先輩の言動はあきらかにパワーハラスメントですね。

結果、AさんはO部長のセクハラ発言により、B先輩の感情的なパワハラもダブルパッケージで受けることとなるのです。

これでは職場の雰囲気は否が応でもギスギスしますし、業務も円滑にすすみません。

ハラスメントをひとつ放置することで、つぎつぎと負の連鎖で職場環境が低下し、業務効率が低下する悪例といえるでしょう。

 

ちなみにこれは、女性から男性への態度についても同様のことがいえます。

女性が職場で「性・女性」をむき出しにすることで、男性間の関係を悪化させるという類似事例が起こり得ます。私が長年観察するに、男性同士の「モテ」嫉妬というのも、案外根深いものです。無駄なパワハラを招く要因は取り除くにこしたことはありません。

 

会社というのは利益を生み出す場所であり、男女ともにセクシュアルな感情を発露する場所ではありません。基本に立ち返り、他者の視点に立ち、共感力をフルに働かせ、全体の利益に沿った言動を選ばなければいけないのです。

しかし精神が幼いとそのことを理解できず、自分の立場と感情しか見えません。

組織人であることをつねに意識し、自己管理できる人間力と共感力を蓄えた「大人」の多くいる会社が、じつはいちばん強い会社なのです。