イリュージョン


今はもう、会わなくなった友達のことを書こう。

愛ちゃんは、わたしが塾講師をしていたとき、事務のアルバイトをしていた子である。たしか当時、24~25歳。アルバイトをかけもちしながら、脚本の勉強をしていた。
家族をテーマにした自作のドラマ脚本を、見せてもらったこともある。心に傷を持った人たちが寄り添って笑う、ほんのりあたたかくて、少しさみしい物語だった。

愛ちゃんは、ちょっと眠そうな奥二重の目と、ふっくらした頬が日本的でかわいらしく、ともすれば十代にも見える童顔だった。ふたりで吉祥寺の「ボガ」という、昭和の香りただようレトロな喫茶店で、ときどきお茶をした。なぜか彼女とは、スタバなどには入らなかった。

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(ムング(緑豆)入りミネストローネ・材料)

 

その愛ちゃんが、「これ、わたしの大好きな本なんだ」と教えてくれたのが、リチャード・バック著の『イリュージョン』。

「リチャード・バックの本はね、すごくいいの。夢が夢で終わらないってことを教えてくれるから。この人の書いた本ではね、『かもめのジョナサン』もすっごくいいんだよ」とのこと。

『かもめのジョナサン』も、わたしは愛ちゃんに薦められて、改めてしっかりと読んだのだ。まるで児童書のように平易な文章で書かれている短編なのだが、名作だ。シンプルかつ高尚で、洗練された人生の手引書のようである。

 

『イリュージョン』は、飛行機乗りのリチャードと、自称「元救世主」のドナルド・シモダとの出会いから始まる。
ドナルドはかつて、「救世主」として崇められた過去をもつ人物だが、あっさりとその地位を捨て、放浪の旅に出た。

リチャードは最初ドナルドのことをいぶかしんでいたが、彼の起こす数々の奇跡を目の当たりにし、徐々に心を解いていく。また、ドナルドの「人間はどこまでも自由である」という考えに魅了され、リチャード自身も、自らに強いていた限界を解いていく。

「どんなことであれ、傷つくか傷つかないかは本人が選択することだ」。
最悪の状況に陥ったときでさえ、私たちの心には自由な選択権があることを、ドナルドは目の前につきつけた。


私は一度だけ、一人暮らしの愛ちゃんのアパートに遊びにいったことがある。
今となっては場所もうろ覚えなのだが、吉祥寺からさほど離れていない、井の頭線沿線のどこかの駅だったように思う。二階にある愛ちゃんの部屋は、ものは多いがきれいに片付いていた。

「昨日、彼が来たんだ。これ、彼が好きだから。残り物で悪いんだけど」
と、ミネストローネを振舞ってくれた。

愛ちゃんの作るミネストローネは、私の作るそれとは違い、基本に忠実な優しい味だった。ムング(緑豆)もマカロニもズッキーニもパプリカも入っておらず、じゃがいもと玉葱と、にんじんとセロリとベーコンの、シンプルな材料。仕上げには、生のパセリを刻んでくれた。

 

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(ムング(緑豆)は水に浸してやわらかくする)

 

『イリュージョン』の作中でもリチャードがミネストローネのようなスープを作っている。
「あり合わせの大豆、乾麺、三日前の料理の残りのソーセージを材料にして、グーラッシュ(ハンガリーのシチュー料理)のようなものを作った」と書いてある。

私の作ったミネストローネのほうが、豆やパスタ類が入っているだけ、作中の料理には近いようだ。いずれにしても、飛行機乗りの彼らは屋外で作り食べるのだから、美味しさもひとしおだろう。

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(圧力鍋に。作ったのがハロウィンシーズンだったので、パンプキン型のマカロニをチョイス)

 

さて、愛ちゃんのこと。

愛ちゃんの彼は、結婚していた。
しかし離婚は秒読みで、すでに夫婦は別居しており、小さい子供は奥さんが手元で育てているという。
「大丈夫なの? ちゃんと離婚してくれるの? 口先だけじゃなけりゃいいけど」
私は余計なお世話と知りながらも、つい心配してそんなことを言ってしまった。

「大丈夫。でも、けじめがつくまでは一緒には住めないって。わたしは毎日一緒にいたいんだけど……。本当はいつでも、彼の側にいたいんだ。だから今は、やっぱり寂しい」

愛ちゃんは、目をキラキラさせてキッパリと言った。
「でも絶対、わたしは彼と一緒に生きていくから」
彼女はミネストローネを食べるスプーンを持つ手を、急に強く握りしめ、食べる速度ををあげた。

あどけない子供みたいな愛ちゃんの、どこにそんな情熱が潜んでいるのかと驚くほど、彼女はその恋に一途だった。

 

当時の愛ちゃんは『イリュージョン』を読み、わたしとは違う想いを抱いていたに違いない。

「心に描いたイマジネーションは現実化する」
「人間はどこまでも自由で不可能はない」
「傷つくことさえ、自らが選択するかしないかだ」

これらを教えてくれるこの本に、彼女は自分の未来と希望を託していたのかもしれない。彼との未来が、彼の心が、「イリュージョン」のように、ふいに掻き消えてしまわないように。

あの頃の愛ちゃんは、折れそうな自分を必死で奮い立たせ、しきりに覚悟の拠りどころを探していたように思う。きっぱりと言い切ったあの強い言葉も、不安を拭うため自分に言い聞かせた、一種の宣誓だったのだろうか。

私が塾を辞めてからは、愛ちゃんとは1~2回お茶をしたが、そのうち忙しさにまぎれ、その後はなんとなく連絡が途絶えてしまった。

良い本を教えてくれた愛ちゃんが、今、幸せであればいいと思う。

ミネストローネ・完成

(完成。天然酵母のくるみパンを添えて)