あなたの周りに潜むマイルドストーカー ~PART6案外冷静な社内の人々


(つづき)その後も、堀之内X夫人からの電話攻撃は続いた。

最初こそ好奇心にわいた社内の人々だったが、溝口さんが阿修羅のごとく、自分はかん違いされた被害者にすぎないと主張すると、あっさりと興味を失い、個々の業務に戻っていった。

周囲が溝口さんと堀之内課長との不倫関係を信じなかったのには、ふたつ、理由があった。

ひとつには、やはり溝口さんの「キャラ」に負うところが大きい。普段からフェロモンを振りまく恋愛モード全開の女子社員とは違い、溝口さんと「不倫疑惑」は、あまりにそぐわなかったからである。

なんせ「プーチン大統領似女子・タモリ風味」である。色恋のうわさ話で周囲が盛り上がるには、いまひとつ恋愛キャラがたっていなかった。
また実際、堀之内課長と溝口さんが仲良くしているところなど誰も見ておらず、溝口さんの主張のほうがはるかに現実的で、信用性も高かったのだろう。

相手の堀之内課長も、目立たない地味なタイプらしく、周囲の好奇心を持続させるには役不足だった。

 

ふたつに、堀之内X夫人には前科があった。
前科といっても、実際に塀の中でお世話になったという類の前科ではない。「不倫誤解おさわがせ通報」の前科である。

入社間もない社員には知られていないことであったが、X夫人は数年前にも何度か、おなじことをやらかしていた。
それは営業の中堅社員が、溝口さんに教えてくれた事実である。

「そのときも誤解だっていうんで、ターゲットにされた女子社員が激怒してね。今は辞めてしまった人なんだけど。しかもその時期、彼女は結婚を控えていたから。もうたいへんよ。名誉毀損だ、出るところに出て話をつけるって、大騒ぎになって」

「その女性はなんで課長との仲を誤解されたんですか」

溝口さんは、自分とおなじ目にあった被害経緯に興味をもった。
営業の中堅社員は、首をひねりながら答えた。

「う~ん、たしかあのときは……。社内のお花見の写真に、たまたま堀之内課長と彼女が、一緒に写り込んでいたんじゃなかったかな。それを奥様が何かで見て、妄想がふくらんでっていうパターンじゃなかったかな」

 

はた迷惑なトラブルではあったが、誰も溝口さんと堀之内課長の関係を疑うものはなかった。そのため溝口さんが社内で肩身の狭い思いをすることはなく、むしろ「エキセントリックなできごとに巻き込まれてお気の毒」と、同情されるくらいであった。
人によっては妙なうわさで職場に居づらくなったり、会社を追われるケースもあることを考えると、この点において溝口さんは恵まれていたといえる。

「それにしたって、一回だけじゃなくて、何度も電話してきてるんでしょ? 会社側はなんで夫人を放置しておくわけ?」

私がたずねると、溝口さんは口の片側を微妙にゆがめて言った。

「X夫人はね、もともとはうちの会社の社員だったんだって。それも部長や副部長と同期入社の。堀之内課長と結婚して辞めるまでは、けっこうバリバリ働いていたらしいよ。まあ、上層部と顔見知りということもあって、いろいろ私たちが知らないことも知っているみたいだね。会社としてもそうそう強く出られないらしいよ」

顔見知りか。
それはいろいろとやりにくいだろう。
溝口さんは続けた。

「はっきりとはわからないんだけど、そもそもX夫人が奇行に走るようになったこと自体、本当に、大昔の課長の浮気が原因らしいんだよね。もう何十年も前みたいだけど。それをきっかけにして心が病んじゃったみたい」

「あらら。それはそれは……」

壊れるには壊れるなりの原因があったということか。同情すべき事情ではあるが、第三者の溝口さんには無関係だろう。

 

その後、X夫人からのタレコミ電話は続いたが、社員全員が事情を認知したため、X夫人は相手にされなかった。

「はいはい、ご指摘ありがとうございます。上の者にも申し伝えておきますので」

このようにあしらわれ、X夫人は影響力を失っていった。

軽くいなされてしまい溜飲が下がらないのか、ついにはただの無言電話をよこすようになった。そしてその事実に社員誰もが慣れっこになった。
電話に出て無言電話だと、「ああ、X夫人か」と思い、「もしもーし、ご用がないのであれば切りますよー」と電話を切り、各自が日常の仕事に戻っていった。

(PART7につづく)

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