あなたの周りに潜むマイルドストーカー ~PART4それはある日、会社にかかってきた一本の電話からはじまった


(つづき)溝口さんの社会人生活も、はや一年経った。事務職の仕事にも少し慣れ、花見や納涼会など会社の行事にも参加し、丸の内のランチ事情にもくわしくなり、それなりに社会人生活を謳歌しているようだった。

だがしかし。

溝口さんほどの逸材が安穏とした社会人生活を送れるかといえば、そうは問屋が卸さない。トラブルの影は少しずつ近づいていたのだ。

 

ある日、溝口さんの会社に電話がかかってきた。溝口さんとおなじ事務職の、隣のデスクの女性がそれを取った。

「お待たせいたしました。〇✕会社でございます。溝口ですか? はい、おりますけれど。お電話おつなぎいたしますので少々お待ちください。……え? よろしいのですか。お電話いただきましたことお伝えいたしますので、よろしければお名前、」

そう問うたところで電話はブツリと切れた。同僚は受話器をもどしながら溝口さんに伝えた。

「なんかね、女性の方だった。そちらに溝口さんという人は働いてますかって。名前聞いたらすぐ切れちゃった」
「ふうん?」
本社の営業とやり取りすることもあったので、新人営業さんが何かを確認したかったのだろう、くらいに溝口さんは考えていた。

 

その日は残業もなく、業務を終えた溝口さんは定時にタイムカードを切った。
エレベーターを降り、セキュリティゲートを抜け、一階ビルの総合フロアロビーを横切ろうとしたそのとき。

「あら? 溝口さん? あなた、溝口さんよねえ!」

やけにハイテンションで明るい声の年配女性が、どこから現れたのか、溝口さんの正面に、湧いたかのように立ちはだかった。まったく知らない女性であった。

 

「いやだわ。まさか溝口さんにお会いできるなんて思ってなかったから。あら、ごめんなさいね。驚かなくていいですよ。いつも堀之内がお世話になっております。どうして溝口さんだとわかったかって? この前の会社の納・涼・会。溝口さんが朝顔の鉢にお水あげていたでしょう。それを社内報で見て、なんてやさしいお嬢さんなんだろうって、私、感激してしまって。堀之内もきっとそう思っているだろうって。ええ、ええ、私はそう思いますよ!」

女性はニコニコと笑いながら、ペラペラと早口で、ハイテンションマシンガントークを浴びせつづける。溝口さんは呆気にとられてその女性をながめた。

溝口さんは、その女性を最初に見たとき、うまく言葉に出来ない、ちぐはぐな印象を受けたという。普通の格好をしているのだが、どこかバランスが悪く、「何かが緩んでいる」というのだ。

きちんとした格好をしているように見えるが、どこかがだらしないというか、どこかつめが甘いというか、そこが妙に浮き彫りとなり、違和感を覚えた。

その日、ご夫人はシックなモノトーンのツーピースを着ていたが、上に羽織っていたのがなぜか毛玉だらけの安そうな小花のついた、黄色い毛糸のカーディガン。そして膝上ストッキングが片方、膝下までずり落ちていた。ところがバッグは高価そうなディオールという、全体的にアンバランスないでたちであったという。

 

「あの、どなたかと人違いされているのではありませんか?」
そう尋ねると、女性はたたみかけるように言った。

「いやだ、溝口さん、いいのよ! ごまかさなくて。私ちゃーんと、溝口さんのお顔とネームプレートは、社内報で拝見していますから。堀之内と一緒に映っていたお写真で」

それを聞いて、溝口さんは「ああ」と思った。先月会社で行われた納涼会の様子が社内報に掲載されたのだ。
ということは、この女性は。

「もしかして、堀之内課長の」

さきほどから堀之内、堀之内、と連呼しているのはそれ以外に思い当たらない。

「妻です」

堀之内X夫人は、薄い笑いを浮かべながらゆっくりとうなずいた。
PART5につづく

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