あなたの周りに潜むマイルドストーカーPART2 ~朝、某〇〇線を泳ぐ「おはよう君」


(つづき)溝口さんのポテンシャルを示すエピソードをひとつ、紹介しておこう。
当時彼女は、東京郊外の実家から都心の大学まで、某〇〇線で通学していた。電車内には、毎朝「おはよう君」が出没したという。

「おはよう君」は、小学校一~二年くらいの少年だ。詳細は不明だが、どうやら特殊学級に通っている少年ということらしい。

 

「おはよう君」は、両手をあわせて頭の前に掲げ、満員電車のなかを、「ぶ~~~~ん」と声を発しながら、手を尖らせてドリルのようにくねらせ、人混みをかき分けて突き進む。そして何両か進むうち、自分のなかでゴールとなる人物を決め、その人に「おはよう!」と言う。そしてその相手から「おはよう」と返されると、満足してその日は終了する。

おはようを言う相手は、気分により毎日違うらしいのだが、目立つ人物が、繰り返し「おはよう君」のゴールに設定されることもある。

 

ある日「おはよう君」は、素敵なターゲットを発見した。パンクバンドかメタルバンドをやっていそうな、鼻ピアス、ビス&トゲトゲつきの黒い革ジャン、顔にマリリン・マンソンもどきの化粧を施し、髪を逆立てた青年だ。

「おはよう君」は喜々として声をかけた。
「ぶ~~~ん、ぶ~~~ん……、おはよう!」

メタル青年は無視して携帯をいじる。
「おはよう君」は、めげずにあいさつを続ける。

「おはよう! おはよう! おはよう! おはよう! おはよう! おはよう! お・は・よ・う!」」

メタル青年は何度も向きを変えて顔をそむけるが、「おはよう君」はその都度、片足を軸にして、青年の真正面に、シュタッ!シュタッ!と機敏に切り込み、目線をあわせてあいさつを促す。
ついにメタル青年は根負けし、小声でつぶやいた。

「(チッ← 舌打ち)ぉっ…はょー……」
「(プ……………………ッ)」

周囲の乗客は、肩をフルフルと震わせ、必死で笑いをこらえていた。

 

目立つ外見が災いし、その後メタル青年は続けて「おはよう君」のゴールとされた。それが複数回続いた後、ある日彼は、根負けして地味な装いの好青年へと変身をとげた。

「あれ? この人こんな顔だったんだ。っていうくらい、地味なの。その辺のふっつーのコンビニバイトか大学生みたい。笑っちゃった。ほかにも気づいた人、いると思うんだよね」

溝口さんは口元の片側だけをゆがめ、シニカルに笑った。

メタル青年はそれ以降、「おはよう君」のターゲットにされることはなくなった。やはり、奇抜な格好が徒となり、ゴールに設定されていたのだ。
彼のメタル魂は、ひとりの少年にあいさつを求められるプレッシャーの前に、脆くも崩れ去った。

 

さて、毎朝メタル青年とおなじ車両に乗っていた溝口さんだが、目立つ装いの彼が消え、いよいよ「おはよう君」の次なる相手として、その存在を発見された。

「おはよう!」
「……おはよう」

あいさつを返せば済む話なので、溝口さんは返答してコミュニケーションをとった。どうせ今日限りだろう。溝口さんはそう考えていた。

しかし翌日から「おはよう君」は、毎日溝口さんをゴールとするようになった。メタル青年とは違い、派手な外見でなく、どの車両にでもひとりやふたり、必ず乗車していそうな平凡な装いの溝口さんを、「おはよう君」は確実に見つけ出す。
特定の乗客にそこまで固執するのは、「おはよう君」史上、メタル青年以外では初めてのことらしい。(見知らぬ乗客談)。

 

溝口さんは、ためしに車両を変えてみた。
ところがどの車両に乗っていても、「おはよう君」は必ず溝口さんを探し当てる。

「ぶ~~~ん、ぶ~~~~ん……、おはよう!」
「……うん、おはよう」

溝口さんはメタル青年に倣い、帽子をかぶったりめがねをかけたりなど、プチ変身をしてみた。しかし「おはよう君」は、そんなものにはだまされない。

 

メタル青年の場合は、その特異な外観から「おはよう君」の興味を引いたのであろうが、溝口さんの場合は、ラフレシアが放つ臭気のごとく、内からにじみ出るオーラゆえ「おはよう君」を惹きつけたのだ。そのため表面的な変身をしても無駄であった。

彼はおそらく、常人よりも純粋なアンテナをもつため、溝口さんの何らかの深さを見抜いたのだ。一般人のもつ外観的判断や打算や体裁というものから解放された、いわば「おはよう君」のピュアな感性が、溝口さんの秘めたるポテンシャルをキャッチしたのだろう。
PART3につづく

PART1