女性がキレイにするのは男性のためではない


まだ時おり見かけます。

「(にやにやしながら)お、今日はどうしちゃったの? 久しぶりに本社の俺とのミーティングがあるから、張り切ってめかし込んでみたのかな?」

「女性の権利とか自立とかいうけどさ、結局男の目を気にしてメイクとかしてるわけだろ? 矛盾してないか?」

「年取ってからフェミニンな服来たり、若作りして派手に着飾ったりさ、それってイタくないか?」

このような意見を聞くたびに、私は男性の理解不足に苛立ち、暗闇のヤマネコのように目をピカーと光らせ、街頭のホットペッパーを丸めて「スススッ」と音もなく忍び寄り、後頭部を「バシッ」と叩いて成敗したくなる衝動にかられます。

どうやら男性の言い分としては、「人間・女性」だといいながら、男性を意識してメイクしたり着飾ったりするのはまぎらわしい、ということのようです。

「性的に見られるのが嫌」というのなら、すっぴんでボロボロの服を着ていればよい、という考えでしょうか。それこそ女性の自由な決定権を侵害する、とても不自由な発想だと思います。

かん違いしないでいただきたいのですが、女性が「男性のために着飾る」ということ自体がかなり偏った考えなのです。職場に魅力ある男性がいたとして、その人を意識しておしゃれすることは稀にあるかもしれません。しかし少なくとも、セクハラ発言をしてくる「ハラッサー」のためではないことをご注意申し上げておきます。

 

女性には二種類います。

男性から性的に見られたい「性・女性」と、性的に見られたくない「人間・女性」です。

たしかに「性・女性」にとって、男性目線からの容姿や女子力は、重要なファクターです。

しかし「人間・女性」にとっては、「自分の美」というものは男性視点に依拠していません。キレイな自分が好きでキレイにする。美しくなりたいときに自分の意思で美しくする。それだけなのです。

「久しぶりの銀座だから、華やかなカラーの服で軽やかに歩きたい」

「帝国ホテルのバーで飲むから、お気に入りのコートで優雅に振る舞いたい」

都度、その場のシーンやシチュエーションで、自分の気持ちが満たされるものを自分のために選び、美しい自分を演出したくて着飾る。

それを「男性の存在を意識して」と取り違えてしまうのであれば、たいへん不思議な発想といえましょう。私が男性でしたらその自分本位な視点のほうが、よほど自惚れに感じられ、恥ずかしくなってしまうのですが。

多くの女性は、男性に性的に好かれることや評価されることを軸とする、「男性中心世界」に生きてはいないのです。猫も杓子も「男のため」という自意識過剰な見方をなさる男性には、「ご心配なく。あなたが女性に与える影響力はゼロですよ」と、(目は笑っていない)笑顔で言ってさしあげるつもりです。

 

興味深い研究例をご紹介しましょう。

脳科学者の茂木健一郎氏は、以前大手化粧品会社とタイアップして研究チームを作り、化粧と脳の関係を、さまざまな角度から実験して調べたそうです。FMRI(機能的磁気共鳴画像法)という素人にはよくわからない方法を用いて、美しく化粧した女性たちの脳を調べてみたところ、ふたつの興味深い脳の活動があきらかになりました。

まずひとつには、女性はメイクアップした自分の顔を鏡で見ると、脳から「幸せ物質」ドーパミンが出るということです。女性は美しい自分を見ると、自分ひとりでハッピーになれるそうです。

ふたつめには、女性が化粧をした自分を見るときは、「自分の顔」としてではなく、「他人の顔」として客観的に見ているということ。

本来人は、鏡で自分の顔を見るときと他人の顔をみるとき、脳の別の部分を使い分けて見ているらしいのです。ところが女性がメイクアップした自分の顔を見るとき、なぜか、「他人の顔」を見る脳を使っているというから驚きです。

これはどういうことでしょうか。

私が思うに、女性は自分ひとりで「自己と他者」の住む世界を構築できるのです。茂木氏はこれとは少し違う書き方をしていましたが、私はそう分析しています。女性は「美しい自分」と「それを見る他人」の役割をひとりで完成させ、他人を介在させずに客観的な満足感を得て、自分の美ワールドを自分で楽しんでいるのだ、と。

いかがでしょうか。

「女性は男性のためにキレイにしているわけじゃない」
「キレイな自分が好きでキレイにしている」

この女性心理を察し、ひとつの事実として受け入れていただけましたら幸いです。

 

私はよく、周囲の男性たちに注意喚起しています。

もし私が髪型を変えたとしても、完璧なフルメイクをしたとしても、カラフルな服を着ていたとしても、ゴージャスなアクセサリーをしていたとしても、いちいち言及しなくて結構ですよ、と。少なくとも私は男性のためにキレイにしているわけではないですし、褒めて欲しいときがあれば自分から言います、と。仮に恋人や家族から変化を気づかれ、「すてきになった」と称賛されるのは、ときにうれしいことかもしれません。

ところが、表面上の付き合いでしかない職場の上司や同僚からいちいち言及されるのは、ストレスにしかなりません。不必要に距離を縮めることは個への私的侵害であり、セクシュアルハラスメントに抵触する危険がありますからどうぞご注意ください。

 

よい機会ですから、私はセクシュアルハラスメント意識に警鐘を鳴らすと同時に、とても大切な意識にもフォーカスしておきます。

異性というのは、「自分の価値を委ねる」ための存在ではありません。仮に素晴らしい方に出会ったとしても、「素晴らしい」方ならば、性的側面のみで評価するような狭量な見方はしないはずです。「人間」というグローバルな総合視点で判断をするはずですから、性的価値だけにこだわる必要はないでしょう。
「自分らしさ」の発現を大切に、ご自分の価値を自分で決めていただきたいと思います。

異性の一方通行の好みや、細身修正だらけのファッション雑誌に翻弄されるのも不正解。過剰なダイエットで栄養不足になったり、他者の期待にこたえられないストレスで摂食障害になったりするのも無意味なこと。学歴や肩書ブランドばかり気にして上を見て妬み、下を見て優越感を得ようとするのもナンセンスです。そのような「縛り」に苦しむ必要はありません。

個人の価値は普遍的なものであり、異性や俗世間的な「値踏み」に縛られるものではないということです。これは女性にたいしてだけでなく、すべての方にいえることなのですが。

あなたがあなたとして存在する以上に、確かで尊い価値などどこにもないのです。

恋愛の「値踏み」や「縛り」を、みずから積極的にラブアフェアーとして取り入れ、ゲーム感覚で楽しんでいらっしゃるお元気な方々は別です。

しかしもしあなたが、「異性の目」「社会的格付け」という価値観の檻にとらわれ、そのことで本来の自分が閉じ込められ苦しくなってしまっているならば、それは無意味であると知ってください。
檻というものは自分の「気づき」ひとつで消滅する、実体のない煙のような存在であるという真実を、ここに記しておきます。