「ホステスハラスメント」 その四:女性を〇〇ちゃんと呼ぶ危険


 H部長はお酒が進み、ますます上機嫌です。
ここで彼は、たいへん基礎的なあやまちをおかします。H部長はこのようにいいました。

「A子ちゃん、ほら、もっと飲んで」
A子さんは、すぐさまこの呼び方を辞退しました。
「その呼び方はちょっと……。そういう呼ばれ方には私、慣れていませんので」

H部長は、ああ、そう、と、特に気にはとめていないご様子です。A子さんの申し出を受けて呼び方は苗字にもどりましたが、驚いたことにH部長は、自分の発言に何の疑問も抱いていないようでした。

ちなみにH部長は、国内でも有名な大手装身具メーカーの、それなりの地位にいる方です。彼の頭の中を通して、日本企業の男性意識がどの程度にあるのか、その水準をはかり知る契機となったのではないでしょうか。
真の男女共同参画の実現は、まだまだ先のようですね。

 

「ちゃんづけ」の不快感に関しては、「ご説明する必要はございませんね」と言いたいところですが、ご説明しなければならない水準でしたことを大変遺憾に思います。

厳しくご注意申し上げたいのですが、女性を勝手に、「ちゃんづけ」で呼んではいけません。

すでに過去に議論しつくされたかに思えたこの禁忌ですが、H部長があまりに軽々と失言されましたので、改めて女性の不快感情をていねいにご説明差し上げます。

男性が親しみをこめたつもりで呼ぶ「A子ちゃん」呼称は、女性にとって不快な馴れ馴れしさでしかない、という心境をご理解いただきたいのです。

なぜならば「女性」というものを男性視点でひとくくりにまとめ、ペットか子どもか、あるいはホステスさんのように、自分本位なカテゴリーで括ることになるからです。
女性という個人を、断りもなく矮小な下位存在に設定してしまう、「侵略要素」が根底にあることに気づいていただきたいと思います。

 

ちゃんづけには「人間・女性」として尊重する意識が感じられません。社会人として対等な目線で接する、大人同士のマナーや距離感も存在していません。

例外として、子供の頃からお互いを知っていて、「みよちゃん」「たかしちゃん」などと呼びあうことが通例となっている場合は別でしょう。あるいは職場で「わたなべさん」という女性が通称で「なべちゃん」と呼ばれている場合や、全員から「田中ちゃん」と苗字で呼ばれている場合をのぞきます。
なぜなら「みよちゃん」も「なべちゃん」も「田中ちゃん」も、勝手に「性・女性」を押しつけ、セクシュアルに仕分けている素養がないからです。おんなのこを押し付けているわけではない、対等な「人間対人間」の目線が存在しています。

 

ここでまた、ダブルスタンダードの復習をしましょう。
A子さんは、「性・女性」「人間・女性」、どちらの女性かおわかりでしょうか。
そう、「人間・女性」ですね。

ところがH部長は、日本に昔から存在するひじょうにステレオタイプの「セクハラ無自覚の男性」で、ビジュアルや表面的な礼儀正しさから、A子さんのことをオートマティックに「性・女性」だと思い込んでいます。
そしてその枠へと勝手に仕分けていることが、A子さんに不快感を与えています。

この「ちゃんづけ侵害」に対する女性の不快感は、男性に理解していただく例えを用いることはむずかしいかもしれません。

以前、私がセクハラ相談を受けた女性は、「ちゃんづけ」の不快感をこのように言っていました。

「勝手に〇〇ちゃんて呼んでくるなんて、キショク悪い。誰がいつ、そんな馴れ馴れしい呼び方許可したっていうのかしら。男性だったら、親しくもない上司から、いきなり股間つかまれるのと同じような、気味の悪い不意打ちのコミュニケーションだと思うんですよね。男って、どうしてそれがわからないのかしら」

たしかに、感じかたには個人差があります。

しかし少なくとも私は上記意見に賛成ですし、実際、この例えをいきすぎの表現だと悠長にかまえてもいられない現実があるのです。
それを次回、「労災の認定基準」でご説明したいと思います。

 

 

(その五につづく)

目から鱗がポロポロ落ちるセクハラの話: これが意識の最前線!