●「共感力の個人差」~あなたの周りに潜む善玉サイコパス ~Part9


(つづき)
裏表がない。
これも善玉サイコパスの顕著な特徴のひとつである。 ある意味、人間としては美徳といえるのだろう。

しかし前述したように、人間は社会的動物である以上、表に出す言葉がすべてではない。「裏表がない」というのは、ときに非常識でもある。
友達間ならいざしらず、「本音」と「建て前」をじょうずに使い分けられない人というのは、ビジネスシーンでは厳しい評価を受けることもあるだろう。

ところが善玉サイコパスは、相手が誰でも、どのようなシーンでも、自分の態度を変えることをしない。
善玉サイコパスはつねに自分の感情・欲求が最優先になるようプログラム設定されているので、取引成立のためのリップサービスはできないし、そもそもするつもりもないようだ。

 

「自分にうそをつかない」。
それは本人にとっては心地よいかもしれない。しかしときに、相手に傲慢な印象を与えることは否めない。結果として他人をいらだたせ、会社・組織のコミュニケーションにおいて摩擦が生じる。
おそらく自分自身が「表」の素だけで生きているからこそ、他人も表に出す言葉がすべてだと考え、その通りに受け止め、行間が読めずにKYになってしまうのだろう。
また「表」の素だけで他人と接するからこそ、攻撃の刃をよける逃げ道を持たず、モロにダメージを受けてしまうのだ。

 

ところがその「裏表のない子供らしさ」が、ある特定の人の目には「純粋さ」と映ることもある。その特定の人間こそ、善玉サイコパスが依存する「優しい精神的大人」たちだ。
彼らはなまじ大人であるがゆえに、善玉サイコパスの悪意のなさを見抜いている。根底に「誰かを陥れてやろう」などの意地悪さがないからこそ、多少困り顔になりながらも、最終的にはあたたかい笑顔で庇ってしまうのだ。

善玉サイコパスは、その善意を生存本能で嗅ぎ取り、コバンザメの宿主として選ぶ。
結果として「精神的大人」は、「精神的子供」の善玉サイコパスを受け入れ、他社との調整役に甘んじ、面倒を見るはめになる。善玉サイコパスはその善意の懐に飛び込んで生きる。

 

このように書くと、ずいぶん意地の悪い見方をしていると思われるかもしれない。しかしここで留意していただきたい点は、「大人の感性が大切」ということなのだ。
なぜならば近年、大人になり切れていない大人が蔓延しているように思えてならない。その弊害は、さまざまな社会問題の根幹として強固に居座っているように感じる。「困ったちゃん対策」のセミナーが人気をよぶ日本社会に、私は一抹の不安を感じるのだ。

弱いならば弱い、子供なら子供で仕方ない。
しかし世間から隔絶されて孤高の芸術家を生きるのでもない限り、実社会で永遠に子供を通すことは難しい。それならば早々にウイークポイントに気づき、意識的に大人の感性を養うほうが建設的ではなかろうか。

しかし意識しようとしても適わないのが、「善玉サイコパス」の厄介なところだ。だからこその「サイコパス」であるからして。

 

これは自戒も込めて書くのだが、「変わる」ということは、勇気とエネルギーのいる作業である。
だって「気づかない」「変わらない」でいるほうが、変わることより何倍も楽なのだから。
(Part10へつづく)

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あなたの周りに潜む善玉サイコパス: 共感力の個人差

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