●「共感力の個人差」~あなたの周りに潜む善玉サイコパス ~Part7


(つづき)
善玉サイコパスは行間がよめない。表現された言葉のままに受け取る。これは善玉サイコパスの特性のひとつである。

通常、人間というのは表に出す言葉がすべてではない。
京都人のように、
「ぶぶ漬けでもいかがどすか?」→「帰れ」
「最近あんたはん、ピアノ上手にならはったなぁ」→「音うるさいよ」

ここまで婉曲に表現しろとはいわないが、相手の所作からにじみ出る気持ちを読み取り、態度や表情から本意を推察し、ケースバイケースで対応していくことは社会生活上不可欠だ。

 

しかし善玉サイコパスは、表にあらわれた額面通りのことしか理解できない。婉曲表現の裏にかくれた真意や、おぼろな陰影がわからない。
これは非常に興味深い特性である。

知人のKさんにもこの症状が顕著にみられた。
ある日、私は知人BとKさんと、近々おこなわれる障がい者介護の講演会について話していた。講演の後には、専門家の先生との対面相談の時間が設けられていた。

Bさんは当時、身内の介護のことでいろいろと悩みをかかえており、早急に決定しなければならない事項が目前にせまっていた。そのため講演後の対面相談で、先生の意見を聞きたいということを私たちに話した。
「手続きの期限もあるから、来週の月曜日までには結論を出さなきゃいけないの」

それを聞いていたKさんは言った。
「その先生なら、今度の日曜日、『〇〇区の集い』に参加するはずだよ。そこならフリーで入場料はかからないし、集いはいつも座談会が設けられるから、そこでいろいろ質問すればいいじゃない。日曜日に参加しなよ。講演会ならお金がかかるけど、『〇〇区の集い』はタダなんだから。」

Kさんは「タダだから」を連発し、Bさんに日曜日の参加をつよく勧めた。
講演会は木曜日で、「〇〇区の集い」は日曜日。
たしかに日曜日の座談会でお話できれば、ギリギリ間に合うのだろう。
Kさんのアドバイスに従い、Bさんは木曜日の講演会に参加せず、日曜日の「〇〇区の集い」におもむいた。

 

当日、私とKさんもその「集い」に参加した。
しかし「集い」の後にKさんが話していた「座談会」はなかった。それを知ったBさんはあせった。
「ちょっと、座談会あるって言ってなかった?! 私どうしても聞きたいことがあるって言ったよね!」
Kさんは悪びれずに答えた。
「あれ? 前はあったと思ったんだけど。おかしいなぁ」

Bさんはあわてて運営スタッフに聞きに行き、5分でよいから先生とお話できないかなど打診した。そしてすでに帰り支度を始めている先生に無理を言い、帰り際に先生と歩きながら少しだけ立ち話をした。

Bさんが先生にわびて戻ると、会場はすでにリラックスムードで、参加者は和気あいあいと飲み物片手に楽しそうに話をしている。ボランティアの方たちがトレーにコーヒーをのせて参加者に配り、会場は皆、コーヒーを片手に歓談していた。

Bさんはもどってきて、Kさんに苦情を言った。
「ちょっと、座談会なかったじゃない! 最低限のことは何とか聞きだしたけど。まったく……。もう! おかげでコーヒーだって飲みそびれちゃったじゃない」
Kさんはそのときは腑に落ちない顔をして、「あら、ごめんね」とは言っていた。
しかし善玉サイコパスの真のおそろしさは、この数日後に発揮される。

 

後日、共通の知人たちと会う機会があったのだが、そこでKさんは、涙ながらにBさんの悪口を周囲に拡散していた。
その内容がまた、何というか、たいへん奇妙なズレかたなのだ。
Kさんは皆にこう言いふらしていた。

「Bさんはこの前のつどいで、座談会がなかったから後で先生に質問に行ったのだけど、戻ってきたときにコーヒーが飲めなかったことで、しきりに私を叱りつけた。たかがコーヒー飲めなかったくらいでこんなに怒るなんて、何て卑しい人だろう。私は今まで、コーヒー飲めなかったくらいでここまで怒る人に出会ったことがない。信じられない。ねぇ、ひどいと思わない?!」

………え…、なぜそう受け取る…???
説明するまでもないが、Bさんはべつにコーヒーが飲めなかったことを怒っているのではない。

本来ならばBさんは、木曜日の講演会でゆっくり先生と対面相談し、自分の案件について結論を出そうと思っていた。

しかしKさんの「〇〇区の集いならタダだから」「座談会もあるから」という勧めに応じて、日曜日の参加に変更した結果、座談会がなくてじっくり相談できなかったという、Kさんのいいかげんな誤情報に怒っているのだ。その怒りの気持ちが、本旨を言った後、ついでに吐き出されたにすぎない。

しかしKさんは、本当にBさんが「コーヒーが飲めなかったから自分を叱り飛ばした」と思っている。
Kさんの頭には、最後にBさんが発言した「ほら! おかげでコーヒーだって飲みそびれちゃったじゃない!」というワードだけがクローズアップされている様子だ。

 

「行間が読めない」。
これは友人間のつきあいでは笑い話になりそうなエピソードだが、ビジネスシーンではなかなかに致命的である。
毎日のやり取りが、この調子で行われることを想像していただきたい。雨垂れが数年かけて石をうがつように、近くの人間はじわじわとメンタルをむしばまれる。

さらにはBさんの例でもわかるように、善玉サイコパスは、根拠のない情報を感情のおもむくまま、ためらいなく発信する。
「ホウ・レン・ソウ」は社会人の基本だ。間違った内容を自己決定し乱発することは、トラブルにつながりかねないし、ひいては経済効果を阻害する。
誤情報により他人がこうむるメリット・デメリットに関心がないから、適当に発信できるのだろうか。そこはやはり、思いやりの欠如といわざるをえない。

行間を読まない自己完結。思い込みによる誤情報。それを感情のおもむくまま発信する。そのうえ自らがトラブルメーカーだという自覚はなし。
組織にとって善玉サイコパスはアキレスけんとなりうるのだ。
(Part8へつづく)

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あなたの周りに潜む善玉サイコパス: 共感力の個人差

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