●「共感力の個人差」~あなたの周りに潜む善玉サイコパス ~Part2


(つづき)
Kさんの別の実例を述べよう。
Kさんと私と友人Rは、とあるイベントを観覧することになった。
Kさんも私も、そのイベントにはすでに2~3回参加しており、スタッフとも顔見知りで、会場の場所や間取りについても分かっていた。

会場は狭く、ステージと同一化したワンフロアに、机はなくパイプいすをランダムに並べてあるだけの簡素な客席だが、盛会でいつも大勢の人が訪れる。
どれほど多くの人が訪れても、パイプいすを詰めて並べればよいだけなので立ち見が出ることはなかったが、よいポジションから真っ先にうまってゆく。

イベント前日、Kさんからメールがきた。
「最近あまり体調がよくないので、よりかかれる壁際の椅子を、先に行って取っておいてください」

最初に「???」という気はしたのだが、その発言の奇妙さにひっかかる前に、「体調がよくない」ということを心配し、できるだけ楽な姿勢でいられるようにしてあげたいと思い、私自身も忙しくて早目に行くのはキツかったのだが、用事を早々に切り上げ、会場に到着して椅子をキープした。

しかしいつになっても、Kさんは現れない。イベント開始の数分前になっても現れない。
会場はすでに大勢の人でにぎわい、Kさんのためにキープした席は、「ここ、空いているんですか?」と、何度も聞かれる。
ついに顔見知りのスタッフから声をかけられた。
「お連れの方が来ないようであれば、もう始まるし、その席いいのかしら?」と。

しかし「体調が悪い」というKさんを気の毒に思い、「すみません、Kさんが来るんですよ。どうも体調が悪いらしくて、よりかかれるところがいいって言ってまして……」
私は平身低頭、スタッフに頭をさげて、Kさんのために席をキープしておいた。後のほうでぎゅうぎゅうづめに座っている来客の白い目を気にしながら。

イベントがはじまり時間はどんどん過ぎるが、Kさんは現れない。メールに連絡もこない。椅子は空いたまま。
軽く1時間は過ぎたころに、ようやくフラリと現れた。そしてキープしておいた椅子に座り、2~3名と歓談していたが、しかし30分もたたないうちに途中で勝手に帰ってしまった。
さすがに後で、「今日はもう帰ります」というメールは来ていたが。

 

まずファーストステップ。
最初のメールの内容から考えてみよう。
「最近あまり体調がよくないので、よりかかれる壁際の椅子を、先に行って取っておいてください」
ここにも奇妙な違和感が存在するのだが、お気づきになるだろうか。
私が感じた奇妙さは、やはりKさんの「自己中心的な文章」にあった。

Kさんは、他人のスケジュールや状況というものに、まったく関心がない。頼む相手が、イベント前にどのような用事があるか、どのような仕事を抱えているかなど、他人の状況を斟酌することをしない。いや、できない。

Kさんの頭にあるのは、自分の欲求だけである。
「自分は寄りかかれる壁側の楽な席にすわりたい。」=「それを他人に叶えてもらう」=「体調がよくないかわいそうな自分はそれが当然」、という自己欲求実現の図式しか存在しないのだ。

そのことにより他人がどれほどタイトなスケジュールになろうが、その席をキープするため会場で肩身の狭い思いをしようが、Kさんには関係ない。他人の立場や状況を気づかう想像力は働かない。
Kさんはただ、「整えられた快適な環境」に、いつでも好きな時にさっそうと現れて、楽に気分よく過ごし、自分が帰りたくなったら帰るだけなのだ。
座席キープのお礼もねぎらいの言葉もなしに。

Kさんは自分の欲求を直球に投げて、周囲をふりまわす。相手の都合を視野にいれず、すべてを自己決定していく。
私がイベントに早く到着できるかなど、本来はわからないはずだが、もちろんその確認もしない。

何が正解というわけではないが、もし仮に同様のことを頼みたいとしたら、このように書く人は多いだろう。
「最近あまり体調がよくないので、もし私より先に到着することができたら、よりかかれる壁側の椅子をキープしておいてくれますか? でも会場の状況様子見で、無理なら結構ですから」

 

繰り返すが、Kさんに罪悪感はない。
まるでお姫様のように、他人が自分のために骨を折ってくれること、自分の欲求や願望に迎合してくれることを、あたりまえだと思っている。
そこには悪意も悪気もない。ただ、子供のような自己中心性が存在するだけである。

子供というのは自己中心的である。
「あれが欲しいよう、買ってよ、ねえ買ってよぅ! 買ってくれなきゃここから動かない!」
最近はここまで騒ぎ立てる子供も少ないとは思うが、まずは自分の欲求ありきなのだ。
「あのおもちゃが欲しいけど、ボーナス前だから、さすがにうちの親も今はキツイだろう。来月ならばボーナスのうえ百貨店のポイントサービス期間もくるから、ねだりやすいかもしれない。いや、リボ払いならボーナス前でも給料日直後ならイケルかな。一か八か、ねだってみるか」
などとは、子供は考えない。

 

また共通の友人Rさんは、大型台風が直撃する会社休みの日曜日、Kさんからメールがきた。
「新しい賃貸の下見に行きたいのだけど、一緒に行ってください」
何だかまた、雲行きのあやしい文章である。
もうおわかりになるだろう。このメール文中に、Rさんへの配慮はまったく見当たらない。
通常はこのように考えないだろうか。
「台風直撃の日曜日、自分のために急に呼び出したらRさんに申し訳ない。きっと迷惑だろう。下手したら暴風雨で電車も止まるし、立ち往生させてしまうかもしれない」

しかしKさんの頭にあるのは、自分の感情のみである。
「自分はこの日に賃貸の下見に行きたい」→「一人では心細いから誰かに付き添ってほしい」
Kさんは自分の欲求をストレートに発現し、それを他人が叶えてくれるのを享受するだけなのだ。

 

特筆すべきは、Kさんに支配性はないということ。
よく「他人を振りまわす」という行為に耽溺し、その影響力を味わい、自分の高位ポジションを確認して支配性を楽しむ人もいる。
しかしKさんの場合は違う。あくまで悪気はない。ある意味、無垢な子供の心といえよう。

そして困惑するのは、子供ゆえに客観性に乏しく、周囲との軋轢を「自分に原因がある」と考えないことだ。
Kさんはつねにこのようであるため、職場においても職場外の人間関係においても、何かしらズレてうまくいかない。周囲から疎まれたり嫌みを言われたりする。

しかしKさんは、自分が他人から傷つけられるのは、「周りが意地悪だから」だと思っている。自らの自己中心性に起因するものとは、考え至らない。

(Part3へつづく)

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あなたの周りに潜む善玉サイコパス: 共感力の個人差

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